日めくり詩歌 俳句 内田麻衣子(2012/08/31)

ショーウィンドウ灯を消すマヌカン裸にして   室生幸太郎

夫に従い、今年も新幹線の停まる甲信越の地方都市にお盆の帰省をした。

義理の弟夫婦と街を歩く時間があったのだが、駅からほんの数分歩いただけで大きな道の端から端まで人の影が真昼でもなかなか見つからない。

余剰部分ばかり大きな道沿い、薄暗い店内でポージングするマネキンは東京でみるそれよりも不気味だ。やたらと大きいが人の少ないスーパーでみる蛍光灯真下のそれも然り。侘びしく、寂しい。

あの都市も私が通うようになったこの数年で幾つも大きなスーパーや百貨店が消えていった。

室生幸太郎が「マヌカン」をよんだ時代は「昭和」。
私にはあまり馴染の少ない好景気・バブルの時代。
この地方都市にも活気があったことだろう。

マヌカンに葉脈うかぶ蔦茂り
落葉して裸マヌカン歩道に置く
落葉してマヌカン唇厚くする
マヌカンに猫の目入れる落葉の日
ショーウィンドウ灯を消すマヌカン裸にして
マヌカンの受け口のこり落葉積む
落葉して女マヌカンの青頭
葉ざくらとなりマヌカンに葉脈浮く

句集『夕景』にはマヌカンの句が多く並ぶ。

その語感と、ページをめくるごとの繰返しが、一読の際にひどく印象に残ったのを覚えている。

だが、一体として美しくウィンドウに立つ姿は語られない。
いびつな姿ばかり。

もとから魂を持たないその存在に作者が自分自身を同一させ、華やかな時代の奥底を空虚な目で眺めているのだろう。

あんな時代のなかの空っぽな視線に惹きつけられる。

マネキン達が纏った、好景気の華美でけばけばしい衣装。
あの薄暗い街に数体立つ日に焼けた古ぼけたマネキンもそんな服を着ていたのだろうか。
そしてその頃は往来の激しい道であったのだろうか。

想像すらできぬまま、活気のない空の時代に暮らす私も、いびつなマネキン達のような目でただぼんやりとその光景を眺めているだけ。

マヌカン数体括られたまま神戸消え

○句集『夕景』(平成一五年 富士見書房)所収

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