自画像   井口可奈

◼️第6回詩歌トライアスロン受賞・連載第6回(最終回)

自画像   井口可奈

jigazou
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俳句

こわすこと望んで梅雨のジェンガかな
遠のいていくレース頭から落ちる
夏蝶やミシン勢いよく使う
半夏生骨より白いものばかり
とびぬけて背幅の広い本よ滝
タクシーの手のひらの軽さにゼリー
床に水ながして蟻のながされる
恋敵勝つよ夏足袋履きながら
蝙蝠のさかさまはとうぜんで海
電車から見えるアパート夏の星
入梅の家の間取りに広い風呂
たまに来る知らない人もお花畑
遠雷や三歩で行くきみらの寝床
番台に立つ雨蛙踏まないで
天体を薔薇で捉えるたくましさ
ときどきの停電さみだれる昨日
幽体がある燕の子濡れない
梅雨闇や整体の施術台に乗る
手遊びをやめられぬまま雲の峰
玉葱を剥くのをやめて山へ行く
日盛の洗濯ばさみ残される

短歌

干しているタッパーに紫蘇入れようかそれでは大きすぎるよ晩夏
ハートマークに意味をつけすぎてませんか千五百円くださいますか
本みりん本当のみりん嘘みりん招き猫から出てくるみりん
広葉樹ためしに言ってみて気づくパートタイムの時給の安さ
一階に一階と書き二階には二階と書いてわかる住宅
スクリーン上げたり下げたりこれからの話をしようかわいい爪で
もうなにかあったとわかる壁の模様いつまで家族でいられるだろう
柄シャツの柄にたとえば龍がいてそしたら冷めてしまう気持ちだ
寝る子どもほっといてもいつかは起きる眠りっぱなしの子に降るダリア
中途半端はだめよって言ったでしょう月に行くなら服を着なさい
夕立のアイスコーヒー遠巻きに見ていたことのある駐車場
ぼんやりとした照明にてらされて立ってなさいと言われて立ってる
ぼくたちはウーバーイーツを頼みますウーバーって言ってもいいことば?
いつまでもユーエフオーを追っている宇宙から来たあなたの実家
濃縮のめんつゆ使うどうやって濃縮しているのかこわくなる
剥かなくていい果物は食べやすい林檎まるかじりしてよ暴力
牧場のアイスクリームに恨みはない牛がそう言ってるからおいしいね
なつかしい海にあなたはいなかったなつかしくない海なんてない
まっすぐな棒をつかってなにかしているひとたちの汗がかがやく
抜けた歯をいれる入れもの歯のかたち秒針はいちばん長い針
誘拐をされた記憶は覚えてないけれどいつまで離島が怖い
東京の大学を出て手には砂わたしとはわたしだと言い聞かせる
そこからしか見えない家に住んでいるこの家からはそこが見えている
成分のわからないサプリメントがよく効くことを怖がらないで
アイドルがいるアイコスを吸っているゆるやかにうつりゆく朝と昼
それは猫ちいさいときに触ったらわたしではなくておどろいたなあ
ゆっくりと殴れば殴ることにならない献血ばかりして眠れない
みんなおどろくだろうなと抱えてる大きいピザを落とす想像
健康なアスパラガスは縦にして保存しておくわたしは眠る
人見知りしてしまうから歯車を回してくれることを待ってる
揚げられるまで春巻きは人生の短いことを考えている
ペンライトかざせばひとまとまりになるわたしの家は借家です、でも
客席というパイプ椅子手のひらに汗かいてきて手のひらで拭く
寝ているかわからない人を起こしに行く戸がすこし重たくて梅雨
ことわってでもしつこくて温泉に連れられて服は自分で脱いで
タイトルが長い映画はつまらないカルピスは濃すぎてもおいしい
電卓の戻るボタンが分からずにてきとうに押すいつも噛むガム
もふもふのカーテンを買うもふもふが必要な夜があって雨降る
炎昼の手長猿見て笑ってるときもあそこにちいさい金庫
天気雨あなたがたとえ来たくてもこのパーティーにだけは来られない
真剣な話が進むテラス席肉のソースが崩れて落ちる
てんてんと本落ちていて追ってくとのび太家のひとびとが寝ている
擬態することが苦手でテスト用紙に描いていた精巧な船
たとえ話が多いから眠くなり飽きている?って聞くな遠雷
音声を切っていやだと言ってみるみんなの口がいやだと動く
雨宿り息子が母を叱っていることを思春期だと括らないで
天候がすぐれない日のよだれ鶏ひとを殴ったことはありますか
ピザ生地を指でのばしてみたくなるときどき人を愛したくなる
絶対に芯の折れないシャープペンシルむかしから内弁慶で
はじめてのバジルシードを飲んだ胃の中でサッカーされてる気分
わかったよ空中分解させているきみはこの愛のほかもそうする
パスされたものを回すことができず抱いて寝かせて育てています
梅雨入りの動けないからだでちょっと企業とかしてやろうと思う
星柄のランチョンマットしょうが焼き定食を星座のひとつにして

やったことのないスポーツをやったあとのように疲れている。頭の中で発表者の特徴的な、はい、の言い方が繰り返されている。
それだけならよかった。そのあと墓に行った。祖父の墓だと思って探していたが見つかったのは母方の親族の墓だった。そこに
埋めたのよと母は電話越しに言い、そんなはずはないので墓を探した。墓の間をずんずん歩くのは申し訳なくて、しかし探して
いるのだから足取りははやくしないといつまでも終わらなかった。祖父の墓は母方の親族の墓だということがわかった。肩身が
狭かろうと思った。線香がなかったのでたばこを立ててみたが違うなという気がして引っ込めた。わたしもこの墓に入るのだろ
うかと考えた。母はなんでもこの墓に入れてしまうつもりなのだろう。発表よりも墓のほうが疲れた。なんの発表だったかも忘
れた。その発表のレポートを書かなくてはならない手筈になっていた。手元に残っているはずのレジュメのようなものもどこか
に置いてきたらしかった。なんの話だったかと一緒に発表を聞きに行っていた後輩に連絡をすると、すべては好奇心ということ
ですよ、と意味のあるようなないようなことを言った。先輩はバスケットボールはお好きですか、お嫌いですか。どちらでもな
い。そうですか。バスケットボール選手を何人言えますか。マイケルジョーダン。そうですか。他には言えませんか。あなたは
なににも興味がないのですね。と、たまたまバスケットボールの例だけで括られたらいやでしょう。でもどうですか。ほかには
興味のあることがありますか。深く知っていると自信を持って言える分野がありますか。通信販売、とわたしはふと言った。そ
うですか、と後輩は言って返信がなくなった。通信販売に詳しいわけではなかった。Amazonと楽天とヨドバシドットコムとそ
の他なにが一番お得であるのかを知らなかった。口をついて出てきた言葉がたまたま通信販売だった。くらくらしながら水を飲
んだ。水は水道水を飲む。ミネラルウォーターは体にミネラルが蓄積していく気がして好きではない。自分の体になにかが溜まっ
ていく感覚がこわい。体は老廃物やあれこれの排出と細胞のがんばりにより何年かですっきり入れ替わると聞いている。しかし
内臓はどうだろう。その体というものの中に内臓が含まれているかどうかは知らない。魚も悪いものは内臓に溜まっていくらし
い。また、そういう知識とは別のところでなにかが溜まっていくような気もする。気のようなものといえばオカルトだが、毎日
すこしずつなにかが体に溜め込まれていてそれが背中を曲げ皺を作りわたしを年寄りにする。年寄りになりたくないと思ったこ
とはなかった。いまはなりたくないと思っている。年寄りになると年寄りの暮らしを強いられる。踊りだ。年寄りは踊らされる。
公民館のようなところで、ゆるやかな、誰でもできるような踊りを人前で踊らされる。そしてそのうち死んで墓にしまわれる。
墓にしまわれる前には写真を飾って晒しものにする儀式がある。その悲しいを無理矢理引き出すようなかたち、さあ泣けとばか
りの装飾、あっという間に作れる式場、うまくない寿司、全部がいやででもいやですということはできない死んでいるから、母
方の親族の墓にはやく入れてほしい。肩身が狭くてしょうがない。痩せておいた方がいいのかもしれない。痩せても骨格は変わ
らないだろうか。骨の脆さは変わるかもしれない。適当な食生活を送っておこうと思う。

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