連載第7回 うずまきの 横山 黒鍵

連載第7回 うずまきの
横山 黒鍵    

   

うすあおい呼気をたなびかせ
イリアの顎は上を向いている
その角度があまりにも美しかったから
首に角度をおしえこんだ
とかしこまれる夕闇の
その蟠りのなかに夏の雨は遠のいて
やがてわたしの尻を撫でるひとの
その口に乳をそそぎこむ
やくそく
そうじゃないんだ
庭の花は
名も付けられぬまま
闌けり
散ってしまうだろう
鳳仙花にふれる指のように
どんなにあどけない戯れも
だれもいない父の庭として
刈り取られていくのだろう

秋の話をするたびに
その終わりに思いを馳せてしまう
薪がくまれ
その中心に焔の子が染み透るように
イリアは激しくわらった
旅というものは
いたって寓話的であり
赦された分だけ
物語をきかせるものではない
玲瓏であるはずの影が
不甲斐ない手に
やんごとなき鋏を持たせる
あえなくもぱりぱりだ
ぱりぱりと
剥離の緩徐
自分の尻をもちあげて
そうして宙をとぶひとも
からからになった喉を潤すために
切株に錐で穴をあける
ほとばしる炎を溢さぬように
誰か他人の生殖器となって
喉を花器に変えていく
それは午后の春とでもいうべき
散乱したひかりで
イリアは
めしいたまま痺れた指先で
拾い集める
それを知らずに牧師は
破れた靴下を繕うのだった

明けとは柔らかな亡霊たちを
まだ暗がりの窓へなすりつけること
あえかな祈りと山椒をふりかける
かちかちと鎮もる肉質のなめらかさ
なまのままじっくり火を通して
くぐり抜ける歯茎にかちかちと
吹き抜けていく
潤んでしまっても
ほら太陽の袖口にブラシをかけなさい
背伸びしても届かなかった
宝物が隠されている食器棚
母という名を息よりもはやく
しまいこんで
鍵穴から漏れてくる
ほんのちょっとした
(水平線にも満たない!)
ひかりの筋をつなわたりしよう
道化の化粧を施すように
玄関に米を振り撒いて
幼い父はわらったのだった
その音は
かちかちとなる負け犬の奥歯

松の木から花粉が漏れてくる。生殖のための裸子植物は雨乞いする僧侶のように悲しげに微笑んだ。「ここには物語がありません」だからその肌に罅をいれて粘りつく体液に補完していかなければならない。物語を伝えるために撓んだ背骨を弓にかえてきゅうきゅうと射る。綱手とした魂を振り落とされぬように必死になって。それでも無常の馬は駆けるのだった。最後の直線半ハロン、レモンをば吸うような眩暈はあまく、それは悲しいかな、紛れもない五月だった

列車は遠のいていく
軋みと笛の五線譜をうめようと
車窓に反射する幾千の星々と
過去を語る唇のイリア
季節の尽きていく器官を
悼むように
てのうちに包み込むのだった
その涼やかなたてがみに織り込まれた
例えば水仙であったり鈴蘭であったりを
きらびやかなハミングに変えたりして
上出来じゃない
そうかしら、まだうめきれないの
ドロップスを詰めた硝子瓶には
どうしたって隙間ができるように
大切なものの後には余暇が待っている
破れたとりどりの花々が
砂の上を引摺られ
乱暴な手で持ち去られていくの
イリアのかなしみは
間接話法に折られた足首に括られ
それは水辺に咲く暗喩であった
これ以上は進めないつま先の柔らかさ
とこしえに映える緑の
その緑の髪をもつ少年の
うしなわれた紅さし指をはんで
うたわれるものは
うたわれ続けること
列車に轢かれたロストフラグ
寂しい新聞紙たちの隙間から
ほら
ひかりのむくろがにじみでている
うつろな天体望遠鏡たちを率寝して
自己模倣の渦に揉まれながら
脱色されていく
かなしみを背にうかべた
糸吐くあわれな動物は
かくもやわらかい布を
梳った

鳴った。鳴った。一言二言では済まなかった。夜通しつづいた牽制に、深爪の続きを語るように夜は明けていく。どこかでブランコが軋んでいる。闇の蛇がのたうち、呼吸の必要を直面させる。漕ぎ出した先の道のぬかるみは体温と同じような熱を持ち、その背中で悲しげにうずくまる、甲虫たちの黄金律。信号機のボールが弾け飛んで、頼りなげな足どりでそれを探し求める子供は、水面に浮かぶ血と脂に気づかなかった。鳴った。また鳴った。取ることを止める耳たぶに繭は羽化していく。時間を緩めるように夏の国は近づいてくる

水草のいろが
いよいよ濃くなってくる
内股に藻を絡ませながら
兄は少女を歌わせるのだ
語法の
宗教じみたてつきで
スピナーじみたたてつけで
ただしさの後ろ髪を
妖精に握られて逸らす喉
雪欺いた皎さに
耐え難い撞着がなる
かそけき副詞の副え木に
折られた葦を引き摺って
季節の鳥たちに向けられる
銃口の空白のまなじり
イリアはその空白が好きだった
巡礼の縷々とした暴露が
生命のみつとして高鳴り
角砂糖に染み込んだひとつの提喩に
燐寸を近づける
酸素を多分に含んだ青いあかり
ありやありやとなく早蝉の
ああ、六月の無貌をせめる

傷を脱ぐ事のできる生物たちは静かな夜辺に漂う事をよしとはしない。夏を正しく殺すために手斧の鈍い光に身を晒す事をしない。ただその温度に剽窃を繰り返した黎明の蟻は震え、指を差し出すかなしみに涙を流すのだ。線上時間軸上の参照を全うする起源の魔女たちの呪文。揺らぎの槍の産卵をまつまでもなく、その身体を命名して、暗闇の旋律の蹄をただ待っている。羊蹄高らかに響かせ、うたえ、ぎしぎしの歌

(食い散らかされた肺に
(そつと忍びこんでも、いいですか

祈りは言葉でできている
イリアの口吻は
たえまなく探していた
園児たちの踊る尻は
働蜂が八文字で描いた帰路
ただいまを望郷と書き換えた
シークエンスの罠
虹彩の曲線に游いでいく
その途は
ヤコブの梯子を降っていくような
そんな陳腐の皮を煎じ
孵卵器のなかで
静かに孵っていくシーグラスの
なめらかさを舌の罪として
車軸の蝶を渡っていく
むかしむかし
湯冷めしてしまう前のこと
飴色の愛撫を千鳥散るように
十字路に蒔き
箔の白々とした膚を着て
星の襞をゆびで
ぺりぺりさいていく
サイレントサレンダーサイダーマーチ
それから
あおいロリポップ

君はもっと傲慢に生きていい。焼却される事が明白なこの世の包帯だ。ことばなんて信じてはいけない。いま語られている言葉もだ。渦の周辺へ誘蛾灯に手招きされるがごとく無批判に無感動に惹かれていくそんな態をみせるのはよしてくれ。波がくる。それすら誰かのみた夢のまた夢なのかもしれない。波がくる。飛沫、その中で鱗粉を焚きつけていきる屍を銃殺するのだ。午后の地下鉄はまだやってこない。身体を運ぶ船はその蒸し時間を重宝する。アスパラガスにバターを落として供されるアダージョに仄めかしたロマの詩人を見て欲しい。死が明るく賑やかに行進している。イリア。君はもっと傲慢に生きていい。空を口吻の上にのせて、譫言のように囁けばいい。この世のはかないものたちを代表して、亡霊として背後にたつそれらの影として。ひかりの所在を詳らかに叙述し、老人が導く渦にそっと触れればいい

枝毛の行方に
汀を光らせるコピー機の前で
優しい手首を折り曲げる蟷螂がいる
しとしとふってくる
鮫の目で愛づる姉の姫女子の
終電が遠ざかるような
鳥瞰図
あるものなきあることの
そのあり方の不遇をなく蟻酸の雨
しととしてしとふる
ふるえるふるをふるあめは
ふるをふっているあめのしとと
哀しからずや育っていく痕跡を
飽きずに辿るしかないんだって
誰にも靡かない(でほしい
誰にも懐かない(でほしい
願いの彗星の尾はながく
か弱い触覚に導かれた発声法は
青蜜柑にすっぱくよごされて
指紋にしわしわ寄せてくる
取り残された聲の電線を沈埋して
仮縫の糸を焼き切り
理解せざる世界に
そんなふうに
イリアの葉脈は静かに屹立する
はつなつの見覚えを
黙礼の中に沈めて
そして
炊飯の煙を罫線として
しずもる湖を反証として
あなたのむせかえる星図を                      
喃語で織られていく物語を                      
アルミニウムの噛み跡で
綴じていくのだ

ねえ、イリア
蝶を
あなたを
そっと燃やすために

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