黒百合姫譚  浜江順子

黒百合姫譚  浜江順子

花咲く瞬間を喉の奥にぐっと押し込め、
嵐を腰に巻きつけて、男と平行四辺形す
る。根を張り、水を伸ばし、孤独を首に
巻きつけ、唾を飲み込む時、木々の揺れ
は激しい鼓動と共振し、そこからはまる
ですべてがぐじゅぐじゅ、穴となる。
『未来はいつも狂気の腐敗が香り高く漂
う』と呟きながら、美しい端正な顔をわ
ずかに動かせながら鼻だけを異界に飛ば
し、褐紫色のドレスの裾を闇夜に巻いて、
夜毎に自分の血まみれの心臓を鮮やかに
取り出す。男の脚はいつだって、女の首
を絞める道具だと言い放つ黒百合姫は、
今夜も男の脚のメニューを増やす。毛深
い男、蛙のように脚の細い男、異常にア
キレス腱が発達した男、ぶよぶよ膨れる
だけ膨れた脚の太った男、綺麗に脚の毛
を脱毛ムースで取った男、足首に見事な
刺青をした男、神経質そうにいつも毛深
い脚を小刻みに揺らす男…どれもが黒百
合姫の首をその脚で締めつけながら、い
つのまにかハエが好むようなその臭いに
知らず知らずに吸い寄せられ、ついには
自らの首を嬉々として彼女へと差し出す。
暗紫色のドレスは日々彼女の本当の陰の
ように、軽やかに怪しく漂っては闇に消
えていく。彼女の内なる芯の釣鐘状の穴
はどこまでも深く、新月の夜には、その
穴の奥にするするとペチコートを少し花
粉で汚しながらひとり降り立ち、ひとつ
ふたつ溜息をついては、男の脚の品定め
をしては、突然笑い狂う。そして、どす
黒い絶望を退屈そうにかみ殺し、一瞬、
老婦のような表情を奥歯で噛みしめる。
しかし、すぐさままた、暗紫色の美貌を
まとい、さらに穴を彷徨する。そこは蝙
蝠が飛び交う鬱なる空間だが、微かな空
気孔が生命体としての彼女をかろうじて
支えている。毎夜そこからよじ登って何
事もなかったように復活する彼女は、煩
そうに近づくハエの一匹、一匹をしなや
かな指先で絞め殺しては、月に文字を書
き連ねてなにやら占いながら、男たちも
時に呪詛にかけ、空ろに口を開け、紫の
ルージュを少しはみ出すように塗る。洒
落た髭のあの男のロマンの陰に隠された
どす黒い策略も心地良いシナモン菓子で
軽やかにくるみ、一匹のハエと一緒に口
に運ぶ。『今日も脚のあのむず痒さを消
すことはできなかった』と、分厚い哲学
書で空中のハエを鮮やかに押しつぶし、
月と食べるような仕草で宙を捉える。

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