老鶯の… 阿部日奈子

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老鶯の… 阿部日奈子

 夢を見ました。あなたのお友達(田舎のお婆さんみたいな人でしたが、どうやら高名な
詩人らしい) が開いたホームパーティのようでした。私たちよりずっと年輩の女性が大勢
いて、がやがやではなく、ひっそり話しているなかに、知り合いのMさんがいたものです
から、嬉しくなって、彼女をあなたに紹介しました。するとあなたは、 Mさんが最近七十
歳にして初めて『ユリイカ』にものすごく深遠な詩を発表したことを知っていて、すぐに
彼女と、私には理解できない難しい言葉で話し始めるのでした。お二人を引き合わせた誇
らしさもつかのま、ああやはり私はここでは場違いなのだという想いが湧きあがり、しか
しそれが決して不快ではなく、どういったらいいか、なにやら感謝にも似た安堵とあきら
めの気分が兆してきて、私はパーティの部屋を出て行こうとしていました。
 
 目が覚めて思いがけず浮かんできたのは、父の俤です。どこへ行っても場違いなのは父
ゆずりかもしれません。五十代半ばで教職を離れたあと、父はあやしげな会社の集金係と
か、農機具メーカーの経理とか、託児所の雇われ園長とか、いろんなことをしていました。
再就職して間もないころに退職金の一部をだまし取られたり、農機具メーカーではうっか
り機械にさわって同僚に怪我をさせたり、集金途中で引ったくりにあったり。いま思えば、
定年退職してから恩給が支給されるまでの数年間は、ほんとうにお金がなかったんでしょ
う。私の記憶にある晩年の父は、よく人を笑わせる「とぼけた爺さん」だったので、その
ころの様子は思い出すこともなかったのですが、夢を反芻しているうちに、当時の父の心
境が偲ばれるような気がしました。
 
 かつての父どころではなく、いまや私は五十を過ぎて無職かつ困窮の身になってしまい
ました。先日、近所の商店街を歩いていたら、そば屋の店先の路上に煮干しを展げた大ざ
るが出ていて、くの字に曲がった煮干しに蠅がぶんぶんたかっていました。そろそろ昼時
というわけで、店から出てきたいがぐり頭の小僧がのれんを掛け、定食の献立を記した黒
板を表に立てかけているのです。中学校を卒業していくらもたたない幼さ。とつぜん、見
習い給のこの子より私のほうが貧乏に違いない、という確信が稲妻のように脳天を一撃し、
空腹もあずかって、がくんと膝の力が抜けてしまいました。
 
 先月は四日間ほど通訳をしたきりで(無我夢中で四日間、食事の間も惜しんで働いて手
取り二万五千円でした)、翻訳の仕事はまったくなし。エージェントから紹介されてシド
ニーに支社がある石炭会社の翻訳トライアルを受け、合格したのは私だけだったらしいの
ですが、履歴書を送ったら、面接もしないうちから断られてしまいました。エージェント
によれば「トライアルの出来映えは文句なし、経歴も申し分ないが、いくらなんでも五十
代の人では」ということだそうです。先方は「この婆さん、どういうつもりで応募してき
たのかね」と思ったんじゃないでしょうか。これまで自分の年齢のことはあまり気にかけ
ていなかったので、ショックでした。
 
 あなたの校正もそうかもしれないけれど、翻訳の仕事にはコネが要るのだと思います。
自分が翻訳に向いていないとは思わないけれど、英語力からいったら近ごろはバイリンガ
ルの若い人がたくさん出てきていますしね。その人たちが刈り取ったあとの落ち穂拾いで、
なんとかなるのかどうか、厳しい情勢です。あれほど日本語教師には戻るまいと思ってい
たのに、不安が募ると生来の軽薄が顔を出し、インターネットで見つけたマレーシアの大
学の講師募集にエントリーしてしまいました。そうしたら日本語で「ご経験と履歴書の内
容について関心を引き付けますが、残念で言わなければならないのは、こちらの応募者が
すでにいっぱいで満員しました」との返事が。むかしの私なら、行けばどうにかなると思
ったでしょうが、いまは至り着くところすなわち『怒りの葡萄』だと、自分に言い聞かせ
ています。
 
 最近読んだ雑誌に、false hopeという言葉がありました。ある推理作家の記事でしたが、
精神を病んだ夫と二十年以上も暮らしたというくだりで、「あのころは、false hopeに支
えられて一日一日を過ごしていた」というふうに使われていました。私がけっこう追いつ
められても、瘦せたりせずへらへら笑っていられたのは、いつかよくなるというかりそめ
の希望をもてあそんでいたからだと思います。でもそろそろ限界かもしれません。休日の
建設現場から木切れを盗んでいる焼き芋屋のおじさんとか、スーパーマーケットのレジで
お金が足りずに籠から次々品物を返しているおばさんを見かけると、身につまされます。
このあいだは年老いて毛の抜けた野良猫が枯枝で遊んでいるのを見て、一句捻ろうと思っ
たのですが、言語中枢が麻痺してなにも出てきませんでした。
 
 私の事情ばかり長々と書きました。あなたからはまた「自分の創った物語に淫している」
と言われそう。そのとおりです、第一に毎日することがないから、第二に「あのときああ
さえしなければ」と省みるのが辛くって、物語に潜りこんでいるのでした。ただしそれも
このごろは、話が巧く創れなくなってきました。息切れしてしまって、虚構の切れ味が悪
い。いよいよ芸のなまくらが露呈してきたというか……。衰えぶりに我ながら呆れていた
ところ、きのう歳時記をぱらぱらめくっていて、あれっと手が止まりました。夏の季語に
老鶯とか残鶯ってあるでしょう。声も涸れかけた哀れな鶯だと思っていたら、実際は里で
鳴く春鶯より、山奧で歌う老鶯のほうが声高らかなんですって。ほんとうかしら、ほんと
うだといいな。夏山の旺盛な緑をつらぬく声音を想像すると、こんな私でも胸の内になに
か奮い立つものがあります。
 
 お母様のお加減はいかがですか。あなたの負担が少しでも軽くなるように、そしてお母
様のお気持ちがふっと晴れるように、祈っています。どうぞお元気で。

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