生涯学習センターの夜 井谷泰彦

【9月6日掲載】自由詩 府中市生涯学習センター-1
【9月6日掲載】自由詩 府中市生涯学習センター-2

生涯学習センターの夜 井谷泰彦

府中市生涯学習センター三階の版画室の前に置かれたソファーで
今日もまた
老人が背をまるめて眠っている
講座がすべて終わった時間
学び終えたのか
学びをやめたのか
それとも講座を待つうちに眠ってしまったのか
静かな寝息をたてて眠っている
教室の点検を終えたディレクターは足早に老人の前を通り過ぎて
警備員室に電話をかけに行く
 
「三階版画室・工房Ⅰ・第二収納庫、点検終了。施錠お願いします」
 
がらんとした建物の吹き抜けに声が広がっていく
府中市生涯学習センター教養講座にやって来る利用者の
7割は六五歳以上であり
性別や容姿・持ち物はさまざまであるものの
そのうち何パーセントかの老人たちは
各階に設けられたソファーに腰掛けると居眠りをはじめる習性をもっている
安らかで
気持ちよさそうで
規則では眠る老人を起こさねばならないことになっているのだが
実際に老人を起こそうとする職員はいない
ほとんどの利用者が帰ったあとの府中市生涯学習センターに
静かな寝息が広がって行く
その寝息を聞きながら
ディレクターは教室のエアコンのスイッチや電気がOFFになっていることを
確認し、窓ガラスを閉め、明日の午前中に開かれる教養講座のスタイルに
合わせて部屋の間仕切りを変えて行く
 
ひとつの部屋をふたつにしたり
ふたつの部屋をひとつにしたり
 
机や椅子を出したり片付けたりするのに残された時間は少ないから
ディレクターは足早に廊下や階段を通り過ぎる
階段の踊り場からは
誰もいなくなった地下室にある
プールの水がライトを浴びて眩しく光って波打つ様子が見てとれる
 
府中市生涯学習センターのソファーで
今日もまた
老人が背をまるめて眠っている
三階の版画室の前に置かれたソファーにひとり
二階の講堂前に置かれたソファーにひとり
今日はエントランスの自動販売機前の椅子にもひとりいるな
ディレクターは寝息を耳に吐息を口に
貸し出した囲碁の碁盤の数を数え
版画室で使われたラシャが戻ってきていることを確認し
楽器収納庫にギター・アンプとベース・アンプとドラムセットがきちんと
所定の位置に並べられていることを確かめて
次の日の「囲碁学習」「版画学習」「音楽学習」の準備を完了する
府中市生涯学習センターのソファーで
学びに満腹したのか
学びに立腹したのか
学びに食い足りないのか
学びなどはじめから無かったのか
老人たちはひとりひとり背をまるめ
それぞれ離れた場所で
静かな寝息を立てて眠っている

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