鬼餅伝説   井谷泰彦

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鬼餅伝説   井谷泰彦

琉球王国の正史『球陽』にこうある。

養老伝記ニ、首里金城村ニ一兄一妹アリ。同シク一宅ニ住ム。次後、兄ハ大里郡ノ北洞中ニ遷居セリ。時々人ヲ殺シt4エ肉
ヲ吃フ。村人大里鬼ト呼フ。妹、偶往イテ門候スルモ家ニ在ラズ。但竈上ノ釜中ニ人肉ヲ煮タルヲ見テ、妹驚イテ走ル。(注)

その後、鬼兄は、妹と道で会い、「美味しい肉があるから食っていけ」と勧め、妹が固辞すると妹を縄で縛って監禁する。妹
は厠に行かせてくれと乞い、何とか縄をほどいてその場から逃れ去る。
しかし、後日、鬼兄は首里の妹宅を訪問する。

妹、遽カニ一計ヲ為シ、兄ヲ請シテ岸上ニ座セシメ、即チ鉄餅七顆(糯米ヲ餅トナシ、内ニ鉄丸ヲ装フ)、蒜七根、且ツ米餅
七顆、蒜七根ヲ作リ、兄ニ鉄餅並ニ蒜ヲ給ス。鬼人乞ハント要シテ能ハサリキ。時ニ妹ハ前ノ裾ヲ開キ、兄ノ前ニ簀居セリ。
兄、怪ンテ之ヲ問フニ、妹ワガ身ニ二ツノ口アリ、下ノ口ハ能ク鬼ヲ喰ヒ、上ノ口ハ能ク餅ヲ喰フト曰フテ、即チ餅ト蒜ヲ乞
フ。兄大イニ驚キテ慌忙シ、後岸ニ跌落シテ死ス。コレニ由リ毎年十二月必ス吉ヲ択ビ、国人ミナ餅ヲ作テ之ヲ喰フ。

鬼を喰らう
この世とあの世の狭間に生きる異類を好んで喰らい続ける
しかもその異類は忌まわしきことに自分の実の兄なのだ
虫の食わない人を食った鬼を喰らうか
下の口からは濡れた赤い舌がバッタンバッタンと音をたてて地面を叩き
大地は揺れ続けていたという
英祖王の治世、今は昔

二十一世紀の街角では
ブラックホールを股間に挟み込んだ女たちが
交通機関を乗り継いで目的地に向かう
ブラックホールの反対の万物を産み出し続ける
ホワイトホールの存在はまだ仮設の上にしかありえないのだが
その、ボクの奥さんはアゲマンといわれるけど
ボクは呑み込まれているのだろうか
ボクは産み出されているのだろうか
いっぽんだけ残された都電荒川線に乗って
鬼子母神にでも行って聞いてこようか

最初、妹が匍匐前進して鬼から何とか逃げおおせた坂を生死坂と呼ぶ
と球陽には記されているが、首里金城町の地図をいくら探しても
今、そんな坂はない
琉球はその昔、流鬼国とも呼ばれた
鬼を喰らって鬼退治をした妹たちの子孫が立てた王朝
大きな物語を捜し求める倭人たちが吸い込まれる
ブラックホールが沖縄の真ん中に今もある
ちなみに沖縄の餅(ムーチ)はヤマトの餅とは似て非なる食物で
香り高い月桃の葉に包まれた柔らかなお菓子であり
ヤマトの餅を期待して行くと間違う

薩南諸島から沖縄宮古八重山まで、
「道の島」は一本の吊り紐のようにホンドから垂れ下がっている
この紐を強くひっぱると、ホンドは多分バラバラに解体する

女性器が怖い
下の口を美しいと思ったことは一度もない
虫の食わない人を食った鬼を喰らった下の口
鬼は咀嚼されて下の口はやがてはヒトの仔を産む

注 『球陽』三一書房 一九七一 一五、一六頁

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