乳白色の丸薬   三井喬子

0807

乳白色の丸薬   三井喬子

博士は夜な夜な調合する。くらい天井灯の下で。小さな丸薬を。
最近視力が落ちて来たので、なにもかもがいい加減だ。天秤の目
盛りはどうしてこんなに見難いのか、スケールをずらしては歎息
し、粉薬を鼻息で吹いて、ぞんざいな調合は終わる。

乳鉢で磨り、青い地球の水薬を一滴。おお安らかに逝った人よ。
いや、まだ逝っていない助手のMちゃんは、パンパンに張った白
衣の背中を上下させて、机に突っ伏して、苦しそうないびきをか
く。胸式呼吸は健康によくない、痩せたまえ。

青い水が足りないが、Mちゃんが眠っているので、白い方の水を
足す、おおざっぱに。めまいするようなアルコール臭がするが、
おっとMちゃん、やすらかに休んでいてくれたまえ。君が動くと、
私の才能が霧散する。明日はフラスコに「水」とか「アルコール」
とか明記しておいてくれたまえ。

調合したものを、熨して焼いて揚げて手のひらで転がして、乳白
色の丸薬にまとめる。
そして濃い青色の封筒に入れて宛名を書く。曰く、大臣様。曰く、
その奥様。諸先輩方、三つのときからのお友達。私の新薬をどう
ぞお試しください。
Mちゃんの顔の前に置いておいたら、身もだえして笑いだしたよ、
眠っているのにさあ。

くらりくらりと眩暈がするので、そろそろベッドに参ろうか。そ
れにしても、ベッドまでの遠さよ…。Mちゃんがフンッ!という
ので、独りでベッドまでの大砂漠を横断する。否、ベッドに上が
る寸前に倒れこむ。おお、柱が折れる、地平線がゆがむ。

明日がくることを疑ってもみない博士は、丸い玉になった夢を見
た。
Mちゃんがまだ若くて痩せていたころ、博士が気鋭の学者であっ
たころ、二人は良く北アフリカの砂漠を横断した。数多の灌木を
刈り取り、いろんな石を見つけた。帰ってからは、研究室に籠って
ばかり。それでも大砂漠の真ん中で快哉を叫んだ日のことは忘れて
いない。底抜けのフラスコが黄色で緑でうす青で、はて、魚が住め
るのだろうか。

眼の玉うらがえるような薬をつくろうね。毎日新しい薬をつくろう。
一度作ったものは二度と作らない。それが専門家の心意気ってもの
さね。
クレオパトラも楊貴妃もくさかった。彼女たちの髪の毛のにおい。
乳白色の丸薬の、におい…。今Mちゃんの子宮の中では、細胞分
裂が盛んだ。
毎日が新しい。いや、毎日を新しくするのだ。砂漠に日は落ちた、
いざ、ランボーになりたまえ、諸君!

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