愛   広田修

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愛   広田修

愛をください、と果てしない緑の淵からため息がこぼれた。誰に聞かせるつもりもなく、
ただ朝露の澄んだ輝きの中に溶けて砕けていけばよかった。崩れた愛でも壊れた愛でも屈
折した愛でも、それが愛である限りここに定点を敷き続けてくれるから。馴致されたまな
ざしに狙われてこちらも熱く直立していきたかった。愛をください、この発語には自分の
内臓を吐き出すような、そしてたっぷり陽射しを浴びた内臓を新たに組み戻すような、く
ぐもった代謝を伴う。そして同時に、私の眼には凍った涙が膜を作る。愛をください、今
まで私にはくさぐさの愛が突き刺さってきて私はそれを残さず摂取したが、そのうちのど
の愛もまことの愛の論理を誤って読み解いていた。定義も容貌も感触もないまことの愛、
それがどれだけ腐っていようと汚れていようと私もともに腐って汚れていきますから。愛
をください、と発語した瞬間から愛は愛でなくなってしまう。喉を通り鼓膜を震えさせて
しまった以上、もはや愛は音楽に堕してしまうから。音楽のように金属的に伝達されるも
のは愛ではなく、臨在する気配を感じあい、各々の唯一の具体性を握りしめること、それ
が愛である。そして、まことの愛とは、愛がその表皮を一枚ずつ剥がしていき、ついに空
無しか残らなくなったところに緊迫している人間のかなめそのものである。つまり、愛を
ください、とは、あなたのかなめをください、という貪欲な願いであり、それは己のかな
めと交換することで初めて可能になるのである。私は私でなくなりあなたはあなたでなく
なる、その宇宙のねじれの部分にまことの愛は交換と共振の運動として発生する。愛をく
ださい、とは、愛をあげます、と全く同義である。

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