咀嚼    佐峰 存

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咀嚼    佐峰 存

今晩もサイレンが聴こえてきた
どこからともなく 発芽し
部屋に近付いてくる
無言の照明
映る交差点の心肺
炙られる内壁から
中世の錆びた霧が
再来し 蝸牛にしみ渡る
旋回しながら 運ばれていく
見えない身体が
運河の傍らを曲がっている

薄い膜を挟んで
二つの夜は 絶たれている
私の方では入念に
水で溶かした 指先で
買ってきた 核酸で生臭い包装
にエタノールを軽く塗布し
皮膚のように破いた
パンの重心を 表面に触れないよう
引き出して 歯に当てる

舌尖に 付着した柔らかさを
繰り返し 確かめながら
酸素と共に 原型を噛み砕く
胃の暗がりの 求めに応じ
次は熱い液体に 浸して
端を器用に摘んで 唇へ滑らせる
カーテンの網目が充 血し
通りすがりの光に切ら れていった

滲む外気に
歯の先で繋がるたび
解読の届かない棘と罅が
扉をたたくよう 刺さるから
ひと思いに飲み込んだ
窒息が 咽喉を落ちていくと
谷底では乾いた音がした
夜を分けている境界が
欠損し 私も
もう一日分 透きとおっていく
窓に目をやると
街の火がくっきりと 膨張していた

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