ひまわり・詩の商人・翼なき天使    法橋 太郎

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ひまわり・詩の商人・翼なき天使    法橋 太郎

ひまわり
カナコは煎ったひまわりの種子を奥歯に噛みながら、この国には詩人がいない
と口づさんだ。彼女はバルコニーの塀に肘を着いてまた溜息をついた。この高
層ビルの上階から見える景色はまるで墓場だと彼女はその種子を齧った。

カナコは花瓶に活けた首垂れたひまわりから一粒の種子をとってまるで御守り
のように首にかけたロケットのなかにしまいこんだ。彼女が好んだ白いシルク
のシャツに銀のロケットが輝いた。彼女の近くにゆくと気流が渦を巻いたよう
になるのはおそらくそのせいだろう。

カナコはロケットに触れながら世界の何処に行けば詩が生まれるんだろうと呟
いた。この疫病はいまに始まったことではないのよと彼女は胸のロケットに掌
を当て地上を見下ろして思った。

狂った人の心を正気へと導く一粒の種子。狂ったこの世に信じられるものがあ
るとすればそれは一粒のひまわりの種子だけだとカナコは日記に書き残した。
彼女は走り高跳びの選手さながらバルコニーの高めの塀をクリアした。

地上に叩きつけられるまでしばらくのあいだカナコは宙を漂った。彼女の首に
かけられたロケットが彼女より浮きあがってその一点で空を支えた。この墓場
だらけのこの世が一斉にひまわり畑になってすべてのひまわりが真実の太陽の
位置を示していた。
               2020/07/19                    

詩の商人
今日、言葉が死んだ。胡散臭い自由と平等の
もとで死んだ言葉の葬列に列ぶのは商人たち
だ。死んだ言葉の雨が降りつづくなか詩の商
人たちは死んだ商品の葬儀にしかつめらしい
声を捧げて今日を終える。詩の商人たちは次
の商品を探す。

捷径に言えば次の商品に王冠を捧げ祀りあげ
るのみでよい。いつの時代にもけっきょく商
人たちが巧く生きるのだ。詩の商人にとって
は商品がよく売れるようにプロデュースする
だけでよい。与えられるものはなんでも与え
て後押しすればよいだけなのだからさして難
しいことではない。インスタント・スター。
のちの世までそう呼ばれる偽の星だ。

おれはまた妄想が現実化してゆく過程を見る。
こうして成り立つこの世を否定する気はない。
脳髄、すなわちこの世のシステムの在り方は
とても商人的に成り立っている。どんな商品
が売れるのかを最もよく知っているのは商人
たちだからだ。今はだらだらと衣類のように
処理されて愚鈍な黄昏のような響きが残るば
かりの言葉が選ばれる。

しかし時間に堪うるものは野にある。それも
商人たちの計算に入っている。野に咲くもの
を探しあてる嗅覚に鋭いものがそれを見つけ
たら一気に人気をあげさせて祀るのも商人た
ちなのだ。巧く商品を売りさばく腕のあるも
のなら商談もまた得意なのだ。詩の商人はど
こにでもいる。詩の商人には死ぬべき時間も
残されていない。       2017/11/28

翼なき天使
おれが誕生したのは地下通路ばかりある王国だった。その王は暴君で、妃は嘘
でかためたような女だった。貧賤と汚辱。おれはまるで実験用のモルモットの
ようにして育った。育てたのは魂の種。おれは子供のころから翼を欲していた。

幼少のころから、この生きることの険しさと暗さから飛翔することを願ってい
た。ある老人が言った。天を否定するものは天からも否定される。おれはそれ
を信じた。この世に確かなものは何もないのだから。

おれは太陽への意志を持つようになっていった。たとえ地下通路の国であろう
とも、天と地の与えるちからでわれわれが成り立っていることが判ったからだ。
決して上へ飛翔するのではないのだ。むしろ底へと飛翔するのだ。人間のとて
も深い底へと。

人間というものの上には卑屈で下には高慢な醜さがおれのちからとなった。翼
なき飛翔。おれは地下通路の最下底部まで降りていった。そこでは生きている
ものに確たる目的がなく魂は死んだのも同然だった。ここではじめておれが翼
なき天使であることがはっきりした。

おれは魂の種を惜しむことなくかれらに植えつけていった。太陽への意志。か
れらは最後のちからで地下通路を駆けのぼり、地上へと脱出したのだ。暴君の
王も嘘八百の妃もいない地上へと。

太陽の光に灼かれ盲いた眼をもってかれらは高い崖まで駆けあがった。それか
ら両手を大きくひろげて、かれらは太陽に向かって、つぎからつぎへと幸福に
充ち満ちて軽やかに飛翔したのだった。
                  2017/06/28
                  2020/10/18

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