第九に寄す   伊武トーマ




第九に寄す   伊武トーマ

その窓の内に
あなたは背を向けることなく
沈黙を守り続ける
 
やがて
深い闇があなたを包み
窓の外で嘶く羊が丘の頂を目指す
 
長い沈黙と深い闇の内に
青白く煌めく星が長い尾を引き
ひとすじの航跡を描いて行く
 
が、しかし
その窓の内に
語られるものは何ひとつない
 
おお
風と共に消えた世界よ
人と共に滅びた歌よ
 
その窓を隔て
あなたの背後にどこまでも
どこまでも拡がる森また森
 
明けない夜に
旗を振る手をなくした
あなたを先頭にして
 
佇立する樹々たちは各々
死んだ鳥を懐に抱き
歌詞のない子守唄を歌っている…
 
丘の頂に
辿り着いた羊が鳴く
全宇宙の静寂を引き裂き
 
おお、いま、樹々たちの懐から
姿なき鳥たちが羽音だけ残し
一斉に飛び立って行ったではないか!
 
一転、闇は晴れ渡り
すべてが透き通る光の下
その窓は開く!
 
光と共に
丘の頂に現れた創造主は
姿なき羽音にかたちを与え
 
影を、翼を
嘴を得た鳥たちはふたたび
樹々の梢に舞い戻る!
 
おお、鳥たちよ
おお、樹々たちよ
この創造の瞬間を祝福せよ!
 
おお、鳥たちよ
おお、樹々たちよ
高らかに歌え、歓喜の歌を!
 
そしてあなたは
甦った世界に一歩また
一歩、踏み出して行くのだ…

二○一一年九月某日。取材のため全村避難となった飯舘村を訪れた際の印象を
作品化しました。家々の窓の内にも外にも人影はなく、異様な静寂が辺りを支
配していました。しかし、同時に、新たな世界の兆しも見えたような気がしま
す。飯舘村が再生しますよう切なる祈りを込め…。

 
 

タグ:

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress