第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門受賞連載
ノクターン
何村 俊秋
「寝るときは窓をあけるなといってあるだろう」
「だって暑くて眠れないからよ」
「こんな真夜中に窓をあけたまま寝ていたら夜が入ってくるじゃないか」
(つげ義春『夜が摑む』)
明け方に無声映画を観るときのどこへひらいている窓だろう
花冷えよ流しのアコーディオン弾きが三日月色の指輪を失くす
星空の淵の港湾荷役にて船積みの『わがからんどりえ』よ
真夜中とは匂いのこと マグカップの底を砂糖がきらめくように
どの橋もまっしろな島へゆくための架空の旅程表を組みながら
いま、忘れ始めるところ 目薬の小瓶に映るシャガールの街
眠れないひとの屋根にはしらしらと朽ちた星座の澱がふりつむ
移動遊園地(ファンフェア)の蜃気楼を追う 街燈のひとつひとつを止まり木として
うっとりと植物学者が撫でている暗き晩年の裸電球
変声の喉に棲むのはオーロラをくぐり損ねた熱帯魚とも
絵本棚に育ちゆく都市 スティーヴ・ライヒのシロフォンに呼ばれて
バオバブの枝へ吊るしたハンモックに空をしたたるような眠りを
夢もまたぼくを忘れてめぐりゆく 朝焼けいろの彗星として