連載第10回
ダ調
横山 黒鍵
*
一条のしろい線が走る
それは舞台の上だったり水の中だったり
取り止めもなくどこにでもあり
郵便局への道はこちらですか
誰かに尋ねられたりする
眼鏡をなくした眼球のように
緞帳のない板の上に立ち
睥睨するのだ
やんごとなき細い目を尖らせて
したの上にもしたの下にも
ことばのサーカスを宿し
くんくんとはなを鳴らしてから
撃つな、と呼びかける
塩ばかり舐めていたのは
きっと誰よりも涙を流したからなのだ
足りない塩分を補って
階段から転がり落ちた夜は
笑っていたけれど
柔らかいみずのそのやわらかさを
静かに見繕ったりして
そうして賑やかなよるも
さびしいよるも
だれかによりそいながら
しろい線は歩いていた
今夜もまた板に上がる
その線がどこから来たのか
どこへ帰るのか
誰も 知らない
*
コーヒーのひじゅう
暑い日が続きましたが
いかがですか と
ひなが すると
とんでもないはねだわねと
わらわれていたのだった
わらうほほのすずしさにぬかづき
ストロベリースムージーが
ずずとあせをかいて
すこしニキビのういたえがおを
てれくさくかいた
つきがでてくる前に
しずむなんてそんな
おもさは知らなかったから
おまえはまえがみで鈴虫の音を
切り取るのだった
コーヒーの一滴いってき
落ちる音がよるを掘削して
そこになにが埋まっているのか
たのしみなはねのきせつだった
*
いきているのがふしぎなはなしで
みどりの眼鏡しか
与えられなかったのだった
ゆうひが
ひにひにのびてきて
それがまるで道にみえるから
手をとってつれていっておくれ
ふうふうと
あついものをさますように
どこかで
だれかのうらみをかって
海はしおからく鳴るのだった
それでも
おまえはそだったのだね
すれちがったけだもの
においを嗅いで思い出す
おまえは海の草原をゆく
だれかが言ったのだった
砂についた風紋に
あしあとをのこすものよ
ここには
*
かむとして噛まれたことば
毒水を耳に注がれて
父はなくなったと
そうきいた
客船は出発の際に
大きく汽笛をふいて
鍵のかからない部屋にそっと
姉をまつおとうとの夢
どこへいってきたの
そう繕い物をしながら
めを向ける
戦争があってね
昔はなしのように語れない
歯の隙間を木枯らしが
抜けていくようで
植林の頼りなさを
まてない大人になった
船倉にはたくさんの小麦が積まれていて
ネズミ達がイタチの話をしている
どこかとおくへとはいうものの
吹き抜けには無数のガラス
道に迷いましたな
そうですな
バイオリン弾きは
晩餐のおおきなひかりを抱いて
コンサートに遅刻する
ひかりを失うかもめたち
海の上に一本の線をひきながら
鍵のない船室へと
おとうとは静かにかえっていく