ピスケス・ソディアーツ 谷合吉重
※
虎落笛すさぶ新河岸川の岸辺
みのる君のお母さんが
みのる君の名を呼んでいる
遠くから烈しく
(ピスケス・ソディアーツ!)
呼び声に過ぎ去った夢の断片を追い
幸福が死滅してゆく冬の寒空
燕マッチを擦って
枯れ草に火を点ける
燃え上がる兄の横顔
(ピスケス・ソディアーツ!)
※
青空に魚も革命もこぞって泳ぐ
淡い春の終り頃に
赤い血を流した真綿の断片を弄ぶ男
絡まりつくゼリーがいけないのか
微弱なコンプレックスを持ったまま
妹の顔がきれいになるようにと
砂川さん家の庭先の
いぼとり地蔵に草団子を供え
ごんべ山の麓
谷合眼科に向かう
号泣する用意はできていた
(かな! や!)
※
まだ眼が赤いのですと
丸椅子に坐ると
女医だという
谷合先生の奥さんは
おもむろにぼくの膝に乗った
指示されるままに
ぼくは奥さんの眼球に
ゼリーを一、二滴落し
充分開いたのを見とどけると
ゆっくりと針を刺した
(ぞ! なむ!)
※
肉と写像の分裂
詩から原理へと
最初の十年
品の良い電気屋としてデビューする
死ねないエチュードを抱え日々主婦を訪なう
欲望のブレーカーは何アンペアにしましょうか
足りない電流はぼくのリリックで
それとも
溜まりにたまったレジ袋の中身を無料で処分しましょうか
パラノイアの両価性については
生殖の後でゆっくりと
(かな! や! ぞ!)