アムネジア 松野志保
風を斬り風に斬られてなおも飛ぶ一羽よお前は死後もハヤブサ
少しだけ血の混じる水 薔薇であることを忘れてしまった薔薇に
万緑の中みずからを点景となすため開く白いパラソル
指に刺すからたちの棘これ以上こころ傾くことを怖れて
暮れてゆく琥珀茶房の窓辺にてユルスナールはわたしの従姉妹
夕立に少しふやけて約束になりそこなった一枚の地図
はりはりと氷踏みつつ蹄あるものとこの夜の果ての岸まで
水でないものをたたえた湖のおもて震わすための音叉を
夜も実を落とす林檎の樹の下にいいえ、わたしはいませんでした