第8回詩歌トライアスロン鼎立作品受賞連載第6回
『大丈夫』 草野 理恵子
(サンダルをエスカレーターで引っ掛けて大きなお化けの中身あふれる)
エスカレーターに
大きなお化けが一緒に乗った
裾 大丈夫ですか?
引っ掛かったら危ないですよと言うと
答える間もなく引っ掛かり
中身が溢れてくる
たくさんの人のお化けが集まって
大きな一人のお化けになっているらしい
僕 エスカレーターでサンダル引っ掛け
死んだんだったと一人が言い
あたりは笑いに包まれる
*
藍すぎる目のお化け多いエスカレーター
(手や足が溶けた人に聞く「大丈夫?」そう聞けば言う「大丈夫だよ」)
人が溶けだしたので
おでことか押さえた
手や足の先の方からだったから
大丈夫?って聞いたら大丈夫って言った
こいつは大丈夫って言うやつだなと思った
てか 聞き方が悪いんだ
大丈夫とかどうだったかとか聞けば
普通とか大丈夫ですって言うに決まってるだろうが
大丈夫じゃないよねって聞いた
うん 大丈夫じゃないって答えた
ほら
*
大丈夫じゃない時にはおでこに手
(川辺にて幼い顔に血が流れ 腕へそに入れ鈴の音が鳴る)
彼女が少し幼い顔になって
川辺を歩く
水に浸けた足先から
赤いものが流れ出し
血じゃないかと心配になる
大丈夫だよと上げた顎からも
赤く流れる
「太陽の黒点」とおへそを指さし
どんどん腕を入れる
きっと裏返しになるんだろうと思い
止めたいのに止められず
半分裏返しの形で笑う君を撫でると
鈴の音
*
川辺にて 変異 鈴の音 へそに腕
(彼の名はゴマフアザラシ 桃の皮 体に貼って泳ぎ皮浮く)
皆彼のことを
ゴマフアザラシと呼んだ
別に太っているわけでもなく
黒子だらけだった訳でもない
彼は桃の皮を剝き
体に貼り付ける
毎日繰り返し
目を覆い
薄ぼんやりだねと言う
桃の皮 腐るよって言うと
ゴマフアザラシだから大丈夫って
ある朝
灯台のように泳いでいった
浮かんだ桃の皮は腐ってなかった
私はそれを拾い目に当てる
ねえゴマフアザラシ
世界は本当に薄ぼんやりだね
*
桃の皮 目に貼り付ければ世はぼやけ
(嚙みちぎる蛸の足先青空を指さしてるから手かもしれない)
薄暗い日
半魚人が来て僕は食べられた
右の腹
ここに何入っているのかな?
僕 肝臓の病気なんだけど
半魚人大丈夫かな?
様子をうかがうと
大丈夫そうだから
大丈夫だな
大丈夫という言葉が好きだ
幸せというのより好きかも知れない
だから
何もかもを大丈夫にしたい
半魚人は蛸を吐いたから僕はそれを食べた
僕の肝臓が入り混じっていたかもしれない
蛸の足
半魚人と僕の喉に引っかかった
でも大丈夫
そのあとちゃんと嚙みちぎった
空が急に晴れた
*
噛みちぎる手首足首空を見る