結び切り 梶原さい子
冬のからだを取り戻す朝 醒めてより雪の予感のすはすはとして
九枚目の年賀欠礼おしなべて三月十一日にと刷らる
今年はわたし出しませんのでと言へば皆曖昧にうなづきかへす
お返しの熨斗の色目に迷ひをり土台ばかりの町を思へば
再びをあつてはならぬ出来事のためにぢよきんと結び切りをす
生臭きもの疎まれて封筒の隅に密かな熨斗アハビなり
震災前のものですからと言ひながら折り畳まるるこんぶを渡す
いづこへも逃げ去ることの出来ぬまま和布(わかめ)の深く裂けてゆく冬
平たきものは平たきままに揺らめいてアイヌワカメの太き息なり
水を打てば水に打たるる海草のいくたびも振り仰ぐきらめき
何でこんな なんでこんなと思はれて鍋いつぱいに和布を湯掻く
引き上ぐれば春の林のやうでゐてみどりの靄の直中に立つ
受け取ることの上手ではなき人々があらゆるものをいただく苦しみ
移りしはいづくの仮設住宅(かせつ)手懸かりを探し更地をうろうろとする
年賀状は元の番地で着きますと静かに言はる紺のベストに
土台しか残らぬ町の一軒づつに灯るらむ幻のポストは
昏みたる空のいづらにわづかづつ白鳥のこゑ手放されゆく
作者紹介
- 梶原さい子(かじわらさいこ)
宮城県気仙沼市生まれ。「塔短歌会」会員。
2011年 第29回現代短歌評論賞、第1回塔短歌会賞受賞
歌集に『ざらめ』(青磁社) 『あふむけ』(砂子屋書房)。