頬張る 大松達知
頬張るは生の力をもらふことしばし頬張るキムチ牛丼
出典のわからぬままのメモのあり〈便利とは人が怠けることだ〉
おそらくはさうなるやうに作られた三〇〇グラムぴつたりの皿
ひだりみぎよくまちがへるヨーガなりひだりのわれがぼんやりとして
につぽんの箸に
どちらかが肘のおもてでどちらかが肘のうらなり ともかく痒い
文字のなきころのことばのすこやかさ教科書閉ぢて発音させれば
夏も冬もしろき暖簾の中華麺〈めとき〉の主人
ケイタイの予測変換が言ふからにさういふことにしておく心
文鎮はいくつも持つてゐるけれどこのケイタイでけふも押さへる
ヨコハマで歩く姿を撮られをり汽笛がなつて撮り直しなり
返信用封筒に書いたわが名前
天皇をここからいちど見しことをこの交差点ゆくたび思ふ
マンションに帰らんとしてときをりに定期券はも取り出してをり
これぢやないああこれぢやないウォークマンのなかに捜せりいまのこころを
作者紹介
- 大松達知(おおまつ・たつはる)
一九七〇年、東京都文京区に生まれる。芝中学・高校、上智大学外国語学部英語学科卒業。九〇年歌誌「コスモス」入会。桐の花賞、コスモス賞、評論賞を受賞。(現在、選者・編集委員・О先生賞選考委員)。九一年「棧橋」参加。九二年から一年間米国滞在。歌集に『フリカティブ』『スクールナイト』(ともに柊書房)。『アスタリスク』(六花書房)。都内私立男子中学・高校に勤務。