スカシカシパン草子 第一回 – 鉄塔について

 初めまして、暁方ミセイです。今月からこの「詩歌梁山泊 詩客」にて、連載でエッセイを書かせていただけることになりました。内容はこちらで決めて良いとのことで、あれこれと悩みましたが、シンプルに、すごく好きなものについて一回ずつ書かせて頂こうと思います。

 書かれることは大分わたしの偏愛による内容になると思います。ぜひ、反論などもお聞かせください。笑

 何回の連載になるかまだ未定ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

第一回・鉄塔について

 

 鉄塔がかなり好きである。

 第一回目から鉄塔とは、ちょっと華がなさすぎるかもしれないが、昼も夜も、春も秋も、わたしの視線の先は大抵この鉄塔なのである。

 ここで「鉄塔」というのは、主に鉄骨で組まれた塔のなかで電気の送電をしているA字型の脚を持った送電鉄塔のことだが、NTTのアンテナや東京タワーなどの電波塔もなかなか好きだ。地方にいくと時々見ることの出来る、防災用の鐘を鳴ら望楼もぐっとくる。それから、電車の線路の途中で、門型に組まれている設備も気になる。たいてい変った形の(楕円形やイガイガがついた)ダンパーのようなものが傍にあり、それがミドリムシやクラミドモナスのような微生物に見える。鉄塔の無機質かつ、クールな佇まいと、青空や、夏雲、いわし雲、深い草木、雪、などといった自然現象との掛け合わせは、この上なく魅了されるものがある。何だか心がすっと、上に掬い上げられるような気持ちになるし、生物の食物連鎖から外れた「物質」である上に、芸術作品のように一個人の念が執拗に込められているわけでもない大きな大きな鉄塔は、根源的に星のように孤高で非攻撃的だ。

 いつ頃からこの鉄塔に魅かれるようになったのか、思い出すことはできないが、わたしの住んでいる横浜市北部の町では、高台に立てば、遠くの山の稜線やその裾野に、多くの鉄塔群を見ることが出来る。遠くに仰ぎ見る鉄塔も、山間部を車で走りながら突如現れる巨大な六本腕の鉄塔も、山道の廃路のさきに偶然出会う蔓這う鉄塔も、どれも手を合わせて祈りたくなるような佇まいをしている。時々、わたしは電車なんかに乗りながら、今日人間がみんな滅んだら、ということを考えている。鉄塔は何百年か経って、砂交じりの風や、雨による錆や、植物たちの驚異の左巻きによって、次々に深い森や魚のいる川に崩落するだろう。そうして何千年かが過ぎて、新しい知的生命体がここを訪れ、その残骸を見つけたとき、人間の書き残した神様や天使の絵と見比べて、鉄塔群を「これはこの辺りの信仰の印だ、神様の像だ」と思うかもしれない。などと、考える。大きさといい、均整のとれた美しい立ち姿で遠くを見る鳥のような感じといい、電線を繋ぎながら各々は独立して真っ直ぐに立つその姿は、心の拠り所にするに足るように思うだろう。

 そういえば熱海市の網代に、ちょっと面白いところがある。「鉄塔神社」と勝手に命名した場所で、ここはわたしが、「網代」という地名は失念しながらも何度となく夢に見ていた幼い頃に行った漁港の町で、去年の夏にふとした気まぐれで遊びに行くことにしたのだが、海沿いの干物通りや漁港の静かな船着き場を歩いているうちに、急にここが以前に訪れた、よく夢に見る場所だということに気がついた。そのことを、一緒に行った人に話しながら夢に現れる黄色い看板の裏へ出ると、路傍に石段があってその上に赤い鳥居があり、そのすぐ後ろに小ぶりな鉄塔が立っていた。わたしたちは思わず声を上げて、その鳥居まで石段を登った。上まで行ってみると、鳥居と鉄塔の間には小さなかわいい道祖神のような神様が祭られており、鉄塔は偶然にそこにあるに過ぎないということがわかったが、それでも兼ねてより鉄塔に手を合わせたい気持ちにかられていたわたしには、衝撃的な光景だった。

 鉄塔を見ていると、わたしもこんな風な人間になりたいと思う。自身はしっかり両足で立ち、凛然として動じることなく、青白い暁闇のなかでも、明け時の桃色の朝風のなかでも、少しずつ暴かれる周囲の中でなおいっそう美しく、真っ直ぐ遠くを見ている。鉄筋の中身は透き通って外の風景をよく透かし、夕映えにはくっきりと黒く浮かび上がって、人の心を宥めるような、あんな大きなすかすかの気高いものになりたいと思う。でもそれはきっと、突き詰めると、人より精神的に落ち着いて、優れていたいとか、それによって救済をしたいとか、そういう奢った考えをほんの少しだって含んでしまうだろう。だからけしてそうではない、非生物でありながら、わたしたちに清澄な視界をもたらしてくれる鉄塔が、やはり心底好きである。

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