第5回詩歌トライアスロン次点「ユイカ」谷村行海

330◆第5回 詩歌トライアスロン次点

ユイカ   谷村行海

ゆるいカーブを描きながら紫煙が天井に昇っていく
ちかちかと明滅する蛍光灯は
先月からずっとこのままだ
煙草だったものたちをその身に浴びて
光り続ける部屋の灯は誰のためのもの
ユイカ
どこにいるのと叫びたくても叫ぶことなどできやしない
ブルーライトを発するスマートフォンの冷たさが手に馴染んで仕方がない
あなたの名前で私が呼ばれて 煙草を灰皿に押し付ける
火が消えた後も煙は部屋に満ち
どこへも消えやしない
そんな光景を目にしたら、私は私を捨てるしかないじゃないの

永遠に透明体な私を抱けよ犯せよ明日のために

ユイカ
ごめんねと呟くことばをかき消すのなら
東京くらいが丁度いい
何者でもない人々が雑踏の中に溶け込んでは消えていく
私もその一人になれたらと思いながら入ったブックオフの百円コーナーにある本には
百円になるまで値札が貼り続けられていた
財布から出てくるものはレシートとどこかにあったネジっぽいもの
ユイカ
あなたの肌がどんな感触をしていたかも思い出せなくなるほど
私はあなたを

秋が好きだったのはいつのことだったか
そんな記憶を辿っていってどこに辿りつくのかもわからない
通りすがりの車の窓ガラスに映る私はどうしようもないほど私だ
叫ぶとき震えるところがあるでしょう
そこに埋め込むような秋空
その高いところまで行きつけば
私はあなたに近づけると信じ

チューハイのロング缶を飲みながら着いた家はやっぱり私のものだ
皺だらけのTシャツもフローリングに放置されたブラジャーも全部
少し前までのあれが仕事だったなんて言ったら
私のことをみんな笑ってくれるのかな
手にはまだ、あのときの感触がしっとりと残ってる
ユイカ
ユイカ
新宿の夜や
麦茶の底は

タグ:

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress