第8回詩歌トライアスロン三詩型融合部門候補作 おとうと 仲原 佳

第8回詩歌トライアスロン三詩型融合部門候補作

おとうと

仲原 佳

犬のように寒い

芯まで白化した月が浮かんでいる

おばけみたいだ

ずっとずっと昔に死んだ

星のおばけ

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きた

じいさんが死んだのも 〈雪の日の祖父の決して食わぬビーツ〉

初めての恋人と別れたのも 〈神は()らず山手線を見送った〉

バイセクシャルの女の子が自殺したのも 〈クリスマスツリーのひもに首くくり〉

犬が散歩中に逃げ出したのも 〈凍蝶や死ぬ自由喰われる自由〉

猫を車で轢いてしまったのも 〈冬銀河なにも殺したくなかった〉

みんないなくなってしまった

だけど、もう

寒さと白さでどうでも良いんだ

おとうとがいた

何をするのも一緒だった

どこに行くときも俺のあとをついてきたし

なんでも俺の真似をした

自転車の乗り方を教えてやった

二人で橋を渡って川向こうの町へ行った

つつじの蜜を吸った 〈躑躅(つつじ)吸ういずれ(むくろ)となる(からだ)

セミの抜け殻を集めた  〈空蝉やおとうとに()ぬ声変わり〉

排水口に磁石を垂らして、コインを拾おうとした 〈遺灰から銀木犀の梵字拾う〉

雪に小便で名前を書いた 〈リインカネーションに立ちションした罪で〉

俺が近所のぼろぼろの宿舎に石を投げた

窓ガラスが割れた

あとでバレて、めちゃくちゃに怒られた

親に連れられて謝りに行った

あいつには、悪いことをした

悪い癖ばかり真似する弟の書く字が綺麗で泣きそうになる

あいつが悪い人間と付き合い出したときは

何度も縁を切るよう忠告した

だけど、無駄だった

おとうとが問題を起こすたびに

両親はたっぷり一年分は老けた

あいつは高校も卒業せずに家を出た

俺は大学の卒業と同時に家を出た

両親はもう、死にかけの老人だった

実際、一年もしないうちに仲良く揃って死んでしまった

それも冬だった

それで

やっぱり冬の日のことだ

寒かった

雪も降っていた

一体どこで聞いてきたのか

あいつが俺の住んでいるアパートまで来て

金の無心をした

俺はあいつの

その野良犬のような卑屈な目が

どうしても許せなくて

何も渡さずに追い返した

それこそ、犬を追っ払うみたいに

あいつの目に

一瞬寂しそうな光がさしたが

あいつは何も言わずに

雪の積もる路地裏へと

消えていった

野良犬の尿(いばり)や雪に無の打刻

それが最後で

もうそれきりだ

そのあとすぐ

あいつがつまらない喧嘩をして

野良犬のように

野垂れ死んだと

役所の人間から連絡があったのは

まだ春になる前だった

雪は溶け切っていなくて

フキノトウが

ちらほらと顔を出していた

ハルモドキ 星の行方を追ったまま帰ってこない弟が居る

あいつの目に

俺の目は

どう映ったんだろう

あいつの月のような

悲しい目

それに映し出された

俺の、氷のような冷たい目

ああ、その日から

目が渇いて仕方ない

ずっとずっと

犬のように寒くて

骨の髄まで化石になってしまったようだ

どこへ行くどこへも行けぬ冬北斗

冬はきらいだ

嫌なことは、たいてい冬に起きる

次の嫌な知らせも

きっとこの冬にやってくる

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