第9回詩歌トライアスロン融合部門選外佳作③
ローズピンク 岡野 伸吾
「若い人と同じ空気を吸うと元気になるの」
あなたが笑うと
ホスピスに花が咲く
「もう若くないです」
その一言を飲み込んだとき
また花が咲いた
部屋中をローズピンクに染め上げる白い壁紙苦手なあなた
ぼくはずっと
黙って
あなたを見ていた
目皺の美しい幾何学的な線
目そのものより
深い意思が感じられた
沈黙は何も変えずに時が来て歩む速度の異なるぼくら
使い慣れたカメラを置く
写真の代わりに絵を描いて
最後の別れとは知らず
渡した一枚の詩画
窓の外は海
あなたに死は似合わない
風葬のないこの国で空に溶けあなたを探す術を求めた
※
バス 大江 豊
男の子たちが
バスを待っている時
女の子たちは
どこにいるのだろうか
だから 片側が
空けてあるのだろう
ふる里の男の子らは
バス停で 案山子のように
半ズボンで立つ
ボクは
おばあちゃん 子で
毎日 留守番が仕事だった
それでも 年に何回か
バスに乗せてもらって出掛けた
どこのおかあさんも
「いくつ?」と寄って来た
おかあさんの中に
いるようだった
おばあちゃんは
いつも バスとは言わず
「ぱす」と言うのだ
何度も「ぱす ぱすに乗って」と
まるで 自分が乗るように
ひとり言が 口癖になるように
まるで 生まれてはじめて
話すように おばあちゃんは
「ぱすに乗って」と
言って来るのだ
歯がなくなって 背中がまるくなって
もう 乗れなくなったから
「ぱす」と言うようになったのかしら?
濁音が 破裂音になっても
声にならない 蚊の泣くような声で
バスに乗ってからも
まとわりついて離れない
あかちゃんのような喃語で
ぱす ぱす とね
バスの中で見えて来たのは
運転士さんの腕とハンドルで
おばあちゃんの顔ではなかった
運転士さんが 大きな
ハドルをまわすと わたしは
男の子でも女の子でも
先生でもバスガイドさんでも
運転士さんでも 誰とでも
繋がって 左に右に
ハンドルを
まわすと みんな
寄って来た
バスを降りると
みんな 背が縮んで
行き先が わからなく
なっていた
※
地球を染めましょう 金子 歩美
神々は元気な色がお好みで首里のご門は目印らしい
化粧箱に入れた琉球ガラスは
太陽の分身で
恋のお守りでございます
コカ・コーラを取りこんで
幸せな色に仕立てあげました
朝日をどうぞあなたの右の手へ
客層をアメリカ兵に変更し生きぬいてきた旨い食堂
琉球の島々は
独自の意思をもちながら
一つの集合体に育ちました
島はそれぞれにとって
最適な場所にあり
日々得意な交易に励んでいました
日本が黒い雲をかぶせるまでは
いっせいに申しあわせて海紅豆
「捨て石と呼ばれていかに」一秒後「われらはつねに矜持崩さず」
シーサーと生きながらえて沖縄忌
透明な海に囲まれた久米島の
仲村渠(なかんだかり)明(めい)勇(ゆう)のおはなしをしましょう
艦砲掃射を防いだ若者です
捕虜収容所で米兵に
島を案内する約束をしました
ふるさとに戻り
山に隠れている住民へ
戦争が終わったと
知らせ歩きました
友軍は匪賊の類語敗戦日
明勇は昭和二十年八月十八日に
殺されました
皇軍は刺殺したあとに
遺体を屋内に運び
小屋ごと焼きました
住民虐殺事件はこのあとも起こります
宵闇にまぎれ兵士が一歳を投げて殺したスパイ容疑で
古民家の怪談話ほんとうは通信隊の殺戮だった
紅の琉球ガラス
血はもっと濃い紅
どちらも大切になさいませ
生きている血は一滴でさえ
粗末になさいますな
神の色ですぞ
大戦がDNAに溶けこんで夕陽の陰に見る焼夷弾
海兵隊が去っても
長い間経験した危機感は
完全には消えません
どうしよう
どうしよう
怖いよう
それでも生きていかねばなりません
ひそかに語りつぎが始まりました
盆路で一礼をして直立す
小遣いで黒飴買って供えると「溶けちゃうかも」とにぃにぃの小声
仲村渠が命を懸けて守った自然も
日本軍の行いをよく覚えています
血を吸った大地は泣きじゃくります
しかし大気は
悲しみをかかえながら
やり直す決心をしました
流れ星イーフの浜へ落つ涙
生贄の平和の使者へ良夜かな
遺志を一緒に引きついでいきましょう
戦の終わらない世界に
光を灯してくださいな
あなたの心は何色でしょうか
たくさんの色で地球を染めましょう
仲間がいますよ
居待月伝承秘話を三時間
赤蜻蛉じっと僕らの目を見てる
長き夜五歳が学ぶ郷土愛
日本は悲しみと反省からと
戦争をしない国に変わりました
しばらくそうでした
未来もそうでありますように
たくさんの消えたいのちへ誓いましょうか
貝殻が浜できらめく南島はすべての神の御休みどころ