アスタリスク 中家 菜津子
*
初めて開いたはずの、
その本の最初のページと
最後のページに
見覚えがあった
本の中の部屋に
置かれたガラスで
確かに水を飲んで暮らした
はずの形跡を留めたこの手紙を
折り紙の鳥にして飛ばそうとして
長い辺を正方形にするために
破った紙片こそ
風変わりな風になって
はじめましておかえりなさい
*
一枚の湖にそれはいる、
廃棄された思い出
のような灰色の塊に
長い首が花枝
のように生えたとき
水底に根を生やした意志を
錨として留まっている
眠り
死をまねる水鳥の遊び
液晶化した闇い水面から
幼鳥の首すじは上昇をつづけ
magnolia
先端に開いた花は
月を啄み水底に沈めた
カレンダーを無効にする
ピリオドは次の種
*
みずどりからほどけたみどりの、
細胞のとりどりの灯りを縫い
断片化と集合を繰り返して
結ばれる像
雨に録音された誰かの声は
意味を漂白した線として
水面に新しい文字を描く
結ばないで
その手で束ねていて
長い髪を
そうしているうちに
鬱蒼として樹木になる
*
思い出さずに思いなさい、
画集を楽器代わりに
薄い紙に鉛筆を滑らす
目ではなく耳で弾く線は
意味を持たずに喋レルようになる
そうしてリズムだけの
ワタシタチは会話をする
時々線は理路を歩いた
なずきからなづきまで
手が触れあった時は
*
部屋を浮かべて手紙を書く行為、
窓から見えるものを
誰かへと書きながら誰かを読む
出鱈目の雪の窓辺で
夜のかみは何色?
質量を計る目に
貼られたフィルムに
気づけないまま
今日を忘れている
それを捲る/時はいつも
鳥と魚は同じになる
巻き貝を巻くエネルギーが
時計を左右へ同時にすすめて
*