しあわせの時代 田中庸介
三月十一日を境に
ほんとうのことが見えてしまって
三月十一日を境に
ほんとのことが見えすぎてしまって
(生き方の真実、
というようなものがあるとすると
その真水の部分だけが
夕暮れに灯をともすように
見えてくる
「ほんとうのことを口にすると
世界が凍る
と、かつて言ったのは吉本隆明という人、
「東京にはほんとの空が無い
と、かつて言ったのは長沼智恵子という人、
戦前から
嘘で塗り固められてきたこの国の真実は
ちょっと外れた、
ちょっとおかしい、
突き抜けたヒトびとにだけしか
見えて
こなかった
それが
三月十一日の
あの天変地異の日を境にして、
ふつうの
市井の
特に力まない
わたしやあなたにも
ふつうの
平穏平和な
海のような日々を過ごしていた
お役人や政治家にも
同じように
まったく同じように
――どこかおかしい、
と
いう思いが
ふつふつと涌きあがって来て、
――どこかおかしい、
と
いう思いが
うち消せない、内奥の声となって
気持ちを覆いつくし、
がんがん、がんがん、がんがんと
この耳をふさいでも
うめき声をあげても
その思いは
わたしたちの
心
に、
こみあげてくる。
そうして、
そしてね、
多くのものたちが失われゆく、わたしたちは
これまでもそうしてこれからも
たくさんのわれわれとの別れを経験しなければならない、
こころの嘘との別れだ、
真実を塗り固めて
気持ちだけがよいように、
舌触りだけがよいように、
ただそんなものだけのために
続けられてきたたくさんの、
たくさんの嘘。
嘘の終焉。
(嘘も方便、
というような、
そんな考え方の終焉。
あるものたちは、
気のおかしくなったようなふるまいを続けてゆく
常識では考えられないような まっかな残酷、
全体のごく一部しか見えていないような おろかな対応、
屋上屋を架すような くだらない過ち。
それは、
――自殺なのだ。
自爆のおこないなのだ日本人の、
忘れられない嘘と別れようとして、
別れられない嘘を消し去ろうとして、
国をあげて
戦後の嘘
戦前の嘘
有史開闢以来の嘘
その嘘にすでに耐えきれなくなった
私達は
ついに
嘘と
別れようとして
国を
ぶちこわす。
荒ぶるスサノオの怒り、
天に真実の剣を持つ。
バスは、
峠を越えてふるさとに入る。
ここは 安住の地
(天地真理観、
まわりに真水があふれ出しますように、
透明な春の水がこぽこぽと吹きあげて来ますように、
――しあわせの時代、
私たちはそうして、
生きていく
ほかは
ない。