金環食 澤村斉美
もの抱へる人の少しく真面目なる顔に朝陽が差してきたるも
吊り革にさがりてあまたの腕がゆく金環食の薄暗き朝
死者の数を知りて死体を知らぬ日々ガラスの内で校正つづく
筆記具にひどくよごれし手を濯ぐうすあかき水ながれはじめつ
かなしみにとどかない手でおしひらく夕方の戸が微かに鳴れり
真つ黒な月がここから見えたことはんすうしつつさびしからず
抽斗にしまひおかれむ2012年に売れし日食グラス
ビルの影より現れてしろじろと傘がゆくなり日輪のごと
人には人の軌道があらむ「おつかれさまでした」と会釈して通り過ぐ
人に羽あらぬ不平を言ひあてし正岡子規に一献ささぐ
作者紹介
- 澤村斉美(さわむら・まさみ)
一九七九年五月岐阜市生まれ、京都在住。会社員。塔短歌会所属。一九九九年京大短歌会に入会し歌作を始める。左岸の会、神楽岡歌会などに参加。二〇〇六年「黙秘の庭」五十首で角川短歌賞受賞。二〇〇八年第一歌集『夏鴉』刊行(現代短歌新人賞、現代歌人集会賞受賞)。二〇一一年砂子屋書房サイト内にて一首鑑賞の連載「日々のクオリア」を担当。