あかくなる前の紅葉の名をきいた助手席の位置をずらしつつ
芒野にショールたなびき肩先の水玉模様は風疹のよう
すこしだけ雲の要素を溶けこませ滝がおちてくる夕間暮れ
生の花なのかと触れるロビーの瓶ひらくという字が疎開にはある
太刀魚か牡蠣かを選べる一皿の隅に添えられた不検出
新館のすべての部屋の引き出しに聖書は置かれている、まっすぐに
星ならば零れるものだ両の手をふさがれたときの歯の使いみち
わたしたち強い欲望が兆すたび在り処を知らない老後へすすむ
人感のフットライトはしばらくを灯る 足首の過ぎた後にも
おしあげた額の眼鏡をかけなおす朝のあなたに目は戻り来る
見るうちにうすれていった尾根の霧ここの歯磨き粉おいしいね
ワイシャツに形状以外の記憶なく露草より淡い青の皺
消す術を誰も知らない火をつかう ポットの湯冷ましは水ではない
作者商会
- 沼尻つた子(ぬまじり つたこ)
二〇〇五年、作歌を開始。「枡野浩一のかんたん短歌blog」「笹短歌ドットコム」等への投稿を経て、二〇〇六年、塔短歌会入会。二〇一一年、歌壇賞次席。二〇一二年、塔短歌会新人賞受賞。