日々の木精 山下泉
鳥の声ほのかなゆうべ山上の滑車は回る緑もやすため
ことしまた緑氾濫(りょくはんらん)はおとずれて葛原妙子の語尾のはばたき
葉のかげの木苺の実をとってくれた山路の葉影ふかくなるとき
二番目の音高(おんこう)に異和あるらしくいくたびも復習(さら)う鳥の青い朝
うぐいすは声かたむけて海光のすきまに灑(そそ)ぐほそきアリアを
金属の吐息のなかに暮らしつつ木精(もくせい)という音符をひろう
タクシーに乗るときふわと微笑して子は運びゆく薄いからだを
呼ぶときの声の内側にねむたげな「野中寺(やちゅうじ)金堂(こんどう)弥勒(みろく)菩薩像(ぼさつぞう)」
しまりすぎた頭蓋ゆるめるために降るうす雪、驟雨、古代の羽音
いちにちじゅう濡れていた舗道は冷たいと子は青月夜(あおづくよ)かかえて帰る
作者紹介
- 山下泉(やました いずみ)
1955年大阪府生まれ。「塔」所属。歌集『光の引用』(2005年現代歌人集会賞)、『海の額と夜の頬』(2012年)。「sora歌会」、「神楽岡歌会」に参加。