撤退戦 三上春海
人間はひとりにひとつ持たされた三百円のおやつであった
ひとりひとりに生誕日あるかなしさを鎮めるようにゆれる炎は
生きているひとはいいねとおもいつつ帰っていったツナマヨネーズ
赤ちゃんは生まれてこない 月面の低重力のスケートリンク
ナナフシは鳥に食べられ遠くまで卵を運んでもらうだろうか?
ペグシルの芯のようなる断片が転がっているかばんの底に
犬がいますのシールがやたら貼りついた玄関だけがある芥子畑
人類は滅びたあとに目が覚めてスクランブルエッグを焼くだろう
さよならの森林浴に行きました 兵隊さんはみんなの誇り
妹はいないのだった 妹が冷たい水を渡してくれる
戦争で手をつなぎたいだけなのに手はつなげない 躑躅がきれい
水切りの平たい石がこの国の頭に絶えず降ってくる夏
人類の楽しい走馬灯であるアドベントカレンダーめくるかな
光りは屈折する 透明な夢のなかを ――田村隆一『緑の思想』
いつの日か子供のころに抜け殻の犬をあつめる遊びをしよう
フードコートのいたるところでそれぞれの警告音がひびく海の日
三上春海
稀風社・北海道大学短歌会。博士後期課程在学。