死の島 橘 夏生
鷗外訳『即興詩人』を読む窓辺 伊太利のひかりあふるる窓辺
廻廊のフレスコ画さへ哭いてゐるフィレンツェ捨て子養育院の庭
いまだ宿命を知らぬ馬上のジュリアーノ切られし花の、あの純潔
貴種断絶 さもあればあれ晴れやかに
さらさらとガラス片ふる王宮に幽閉されしあはれ
わがひとはユダのこひびとはろばろと虹はくところを見てしまつた
さらば維納さらば王国けざやかにわが手にはこなごなの紙細工
バヴァリアの王こそゆかしけれ白妙のヴェールを髪に戴きしとき
夜ごとの
朱夏すぎてよぎる心の氷塊にありありと顕つマックス・エルンスト
コクトーは阿片すひたり太陽と月に背いてをのこを愛す
シャネルのサロンにふらりとあらはれし その名はLuchino美青年なり
夢を歌ひ夢は流るる巴里 髪しろき夜長妻はいかに語らむ
睫毛さびしきひとら行き交ふヴェネツィアの七つの橋の七つのためいき
「悲しい色やね」運河をみつつおもひたり ベニスはもうだれも愛さない
ペスト、否コロナ禍のなかこくこくと沈みゆベニス 水の都 死の島