第11回詩歌トライアスロン三詩型融合部門奨励賞連載第1回 赤い羊の乳 椎本 阿吽

第11回詩歌トライアスロン三詩型融合部門奨励賞連載第1回
赤い羊の乳
椎本 阿吽


赤い羊の乳をとってきて
そう言ってきたのは台所で包丁を持っているお母さんだった
なんで、ていうか、どっち
って答えた私は畳の上でそろそろ尾てい骨が痛くなるくらい寝転んでいた
どっちって、なにがよ
赤いのは羊なのか乳なのかってことだけど
それを聞いたら、とるかとらないかかわるの
別に変らない
なら言わないし行けばわかるんだから
赤い
羊の
口と舌と歯が言葉を割っている
乳を
とってきて
赤いのは羊なの、乳なの
それからは包丁の音しかなくなったので
畳まれたホースを壁から外してじゃばらを

ららら
らららら
って広げたらかけらが落ちたから
あ、穴があいたら液体は通らないなと思った
乳って液体
液体だと思うわ、喉に通るし
固体も気体も通るでしょ
違うわよ、固体はくぐる、気体は抜ける
へえ
じゃばらのホースは壊れてなかったから裏口から出て行った
あ、場所、聞いてないと知ったけど
足は何か動いていこうとしていて
子供のころ
お母さんに
同じことを
頼まれた
っけ
って十歩くらい踏み出して考えたけど分からなくて
行けばわかるというお母さんの
綺麗で正しい言葉を信じようと思った

コンクリートブロックの扉が勝手にしまらないようにするやつを蹴る
たんぽぽの咲く季節がよく狂ってる茎はシャボン玉を作れる筒
角笛の断面図を羊皮紙に書いて 空気の通りは矢印二本で
冷めきったホットアイマスクを付けて朝に寝直す 朝を寝直す

柵は木で
屋根は石で
地面は草と土で
それが嚙み合っているところに
赤い毛の羊が
私の奥の方を見ていた
柵の根元に青色のバケツ、持つとこは黄色いバケツがあったから
持ち上げると軽かった
乳出ますか
でますけど
でるんならくださいお母さんが言ってきたので
円盤を
円盤
お母さんは持たせなかったのですか
円盤は自分が持っているものがありますけど
知らない国の硬貨はよく見たら十一角形だったけれど
円盤とごまかせる角度で見せた
羊は口を開いて
舌がミミズみたいに伸びてきたので
私は硬貨の持ち方を爪の先でつまむみたいな
ユーフォーキャッチャーみたいな
そうしたら彫られていたのが
大きな木みたいなぼこぼこの肌の
きっと偉いんだろうという感じのおじさんが
横を向いていて
彫られるときこの人は、どこにいたんだろうと思って
ここみたいな外なのかと思った
舌は硬貨の表面を値踏みするように
それでも優しく大切な人を撫でるようにいくらか触れると
縛って口の中に入れていく
少々待ってください、今みますから
そう言われたから私はバケツを右に左に持ち替えながら

春暑き特別展の最終日
あまりにも長きたんぽぽ突かれたり
サイダーの注ぐときの泡のちの泡
線香の弱く崩れて秋しぐれ
獣ゆえ浅き足跡雪広し

がちゃこ、かちゃ、かちゃ、かちゃ、かちゃ
歯が鳴っている
キャッシュカ―ドの金色のところが汚れて
読み取るときに時間がかかるときの
機械の困惑音に似ていた
生物が機械に似ている
時間はまだかかるみたい

鶏の鳴き声世界のそれぞれで考えつくした人 一人いる
飲み方を入れないといけない薬しゅぽんと開けるタイプのジュース
甘いってつまらないから薬へと使われている つまらないから
銃自殺するとき口にくわえる/こめかみへ当てる 丸いシールを貼ってね

まだかかりますか
もう少しです
聞いていいですか
時間は増えますよ
いいですよ
ならいいですよ
赤いのって羊ですか、乳ですか
どっちもですよ
どっちも
握ってください、大丈夫です
舌の一本が腹を指したので
覗き込んだら桃色の
鍾乳洞みたいに乳首が垂れていて
牛はこうだけど
羊はこうなのか
なんて思ったけど
乳がでるところは大抵
こんなものか
と思って握った
息が聞こえる、濃い息の音
握った中心を流れる川の固さから
出てきたのは乳でした
って
言ったのは私が取ってきてと言われたのが乳だから
言えたけど
ホットケーキの液みたいなだまがあって
赤くてぼたぼたしていた
温かかいものが、バケツ一杯になる
乳ですか
乳ですよ
なんで赤いんですか
何色だと思ってます、乳のことを
乳なら白でしょう
白色が生命を育むと思いますか
蹄が泥に食い込んでいる
血は赤いのに、肉は赤いのに
骨は白いですよ
骨は生命ではありません、枠ですから
乳が止まる
乳首がだるんと肉になる
たぷたぷのバケツには
赤い羊の乳
指先を浸して一周して
持ち上げるとさらさらだった
血じゃないかって思ったけど
乳と言われていたのでそうだと思う
羊の目が横に長い
のを
文字じゃなくて目で知った
会釈して
たぷたぷのバケツを両手に持って
端からこぼれても仕方ないな、と
足をかなり開いて
前に進んだ

ペットボトルホルダーの裏の銀色をなぞって温かい宇宙がある
瞳には細いウニが隠れているよだから星が生まれたんだね
ガチャガチャができるけどしなかった日をどうしてだろう よく覚えてる
カモメには届かないけど水平線には届きそうな水切りの石

どすんと地面に赤い羊の乳の入ったバケツを置くと
ゆらゆら揺れていた表面が円状に波打って
後ろを見たら、地面がところどころ濃くなっていて
こぼれた分は二口分くらいだろう
それでどれくらい生命が育むのか
その分の力を入れてまた歩く

野遊びの野に錆びている銀食器
風車四つの羽に色四つ
氷菓へと誘われる咳二三回
桐一葉裏から少しずつ枯るる
本棚に雪女の救われる絵本

戻ってきたらお母さんは包丁を持っていなかった
代わりにスポイトを持っていた
とってきたよ
あらありがとう
そう言ってお母さんは弾いて何かを渡してくる
十一角形の硬貨
お母さんのご褒美だったんだ
ポケットに入れてまた忘れると思う
お母さんはスポイトで赤い羊の乳を吸って
中であぶくを一度吐いていっぱいにして
先を私に向けてきた
口を開いたら
下のくぼみに垂れてきて
そのまま体に落ちていった
私はその後に味を知らなくてはいけなくて
多分甘い、砂糖の甘いものとおんなじだった
バケツを握っていた手に
また血が巡る

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