日めくり詩歌 短歌 吉岡太朗 (2011/1/30)

謝りに行った私を責めるよにダシャンと閉まる団地の扉 小椋庵月

新聞や雑誌の記事、人々の会話の中で、扉は何度も閉まります。ガシャン、ガシャン、ガシャンと。共同体が作り出した「認識の型(ステレオタイプ)」に忠実に、何度も同じ音で閉まる扉。

しかし小椋さんは共同体の外側で、個人としてその音を聴いた。それはダシャンと響いた。何度も何度も閉まる永劫回帰の扉ではなく、目の前で閉まったただ一度きりの扉の音。

あるいはこんな風にも読めるかも知れません。ステレオタイプからのずれと、責められている「私」の状況の重なり。扉の向こうのひとから拒絶された「私」と、共通認識から逸脱したダシャンという音。隠喩的なオノマトペの配置。

とまあ、上記のように短歌というのは感想を言ったり、批評をしたりすることができます。作品について言葉で語ることができる。当たり前のことのようであり、しかし改めて考えてみると不思議なことであるような気もしてくる。

短歌の読み手というのは、歌と向き合いながらも、ほんとうは歌自身を見ているのではない。そのまなざしは言葉の彼方にいる作者自身に向けられているようです。

前回の連載において、私は上記のようなことを言いました。この言葉に対して、たとえば次のように問うことができます。本当にそうか? と。

「私性」や「作者の意図」というタームがある以上、ある種の歌はそうであるに違いないが、それは歌全般に対して言えることだろうか。こういう風に問うことはできます。

 けれど、今回は違う問いを発することとしましょう。言葉の彼方にいるという作者。その作者とは誰か?と。

文字は常に過去からやってきます。
読み手のいる「読まれる時間」と、書き手のいる「書かれた時間」。まず、この二つの時間を考えることができます。

読み手は文字を読むことで擬似的にタイムスリップする。読まれた時間から書かれた時間へと遡っていく。しかし、書かれた時間というのは、いつなのでしょう。掲出歌の場合で考えるなら、それは次の内のどちらでしょうか。

①扉が閉まった瞬間
②作者が歌を作り終えた瞬間

「ダシャン」という響きの奥に、私は次のようなことを感じる。ある日、ある時、なんらかの理由によって、作中の〈私〉は本当に謝りに行ったんだな、そして、扉が閉まって心が震えたんだなあ、と。

掲出歌についての穂村さんのコメントを引用してみました。この言葉は、果たしてどちらの時間へ遡っているか。無論、①でしょう。「私」の前で扉が閉まったその瞬間に、穂村さんは擬似的に立ち会っている。「ああ、そういうことがあったのだな」という感慨は、過去のその瞬間へと向かっている。ではこの文章の後に続く、以下の文章ではどうでしょうか。

その理由は「ガシャン」の慣用性に対して、「ダシャン」というオノマトペには一回性の新鮮さがあるからだ。ここで穂村さんの目は、②の時間の方に向いてはないでしょうか。

明らかにここで穂村さんは時間を跨いでいる。タイムスリップがうまく行って感慨深い気持ちになっていたはずなのに、その感慨深さの原因を考えた途端に、違う時間に行っている。そこで作者の表現力に感心している。

私たちの最初の問いは、「作者とは誰か?」でした。この問いに対して、私たちはひとまず次のように答えることができます。「作者は二人いる」と。前項の分類でいう①の時間の作者と、②の時間の作者です。①のことを「作中主体」と言って区別することもできます。

短歌を読むということは、「作中主体」のいる表現の内部の時間に入り込むことでもあり、同時に「作者」のいる表現の外枠の時間に辿り着くということでもある。メビウスの輪を辿っていくと、いつの間にかうらっかわに行ってしまうように、どこかでふっと時間を跨いでしまう。

 

この時間を跨いだところから感想や批評というものは始まってくるのではないでしょうか。

読者にとって、〈私〉が確かに生の現実に触れた証のように感じられると穂村さんは言いますが、実際にそれを感じているのは①の時間にいる時で、しかしその時はまさにその感じの渦中にいるから言葉にはならないはずです。

その感じから一歩引いた位置、つまり②の時間へ移ることで、感じられると語ることができるようになる。

語られる時、語られるものはすでに失われている。その失われたものに向かって語ることを、感想といったり批評といったりするのではないでしょうか。

ではまた次回。

  • 資料

穂村弘『短歌の友人』2007,河出書房新社.

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