日めくり詩歌  俳句  関悦史(2012/07/20)

国亡ぶことには触れず初秋刀魚   藤波孝堂

「卯波」にて四句、と前書きのついた中の最初の句。

東日本大震災発生という外の文脈の変化で見え方が変わってしまった句のひとつで、作句時にはいったい何が想定されていたのか、制作年次が句集に明記されていないので判然としないが、ソ連・東欧の崩壊か、阪神淡路大震災とそれに続く地下鉄サリン事件か、はたまた(伝え聞く作者の人柄や句柄からして少々考えにくいが)検察への抗議の意でも秘められていたのだろうか。

人との会食中となればあまり深刻な話や、政治向きの話はふさわしくあるまいが、いずれにせよ「国亡ぶ」とはいっても、まださほど身に差し迫った事態ではなさそうだ。

「初秋刀魚」の「初」にうれしさが感じられ、それでひとまずは充分な気散じとなり得ているからである。現在では「初」であろうがなかろうが、全ての食物に汚染の懸念がつきまとうため、「初」もかえって苦さを増すことになる。

作者の藤波孝堂は、本名・藤波孝生。中曽根内閣で官房長官を務めた政治家で、総理総裁候補の一人と言われたが、リクルート事件のために失脚した。

それと同時に藤波は、俳祖荒木田守武の流れをくむ伊勢俳壇・神風館の二十世宗匠でもあり、句集も三冊出している。この句は第三句集の『伊勢湾』(ふらんす堂・二〇〇三年)から。

この『伊勢湾』収録の作としては、リクルート事件後の日々を詠んだ《日々行脚心にしみる蝉の声》《濃紫陽花おわび行脚の旅つづく》などが知られていて、この辺りからも見当がつくとおり、総じて発見の歓びや才気といったものには乏しい。しかし一方、神事を詠んだものには、小細工抜きの句ならではの格調がある。

別宮の格それぞれや法師蝉
御遷宮
秋蝶の道大神の遷る道
神前の鯛大雨の守武忌

『伊勢湾』収録句以外で有名なのが《控へ目に生くる幸せ根深汁》。

この句、国会の証人喚問で、共産党の正森成二が、事件の本丸と目されていた中曽根康弘の《したたかと言われて久し栗をむく》と並べて取り上げ、「したたかな栗(中曽根)」が「控え目な根深汁(藤波)」に責任を押しつけたのではないかと詰め寄ったことから知られることになったはずだが、当時ニュースを見ていて、事実関係で問い詰めなければならない局面で俳句を持ち出し、レトリックを弄ぶ実効性のない質問にがっくりきた覚えがある。無論、中曽根には余裕で一蹴されていた。

ちなみに中曽根が原子力政策の推進者であったことは周知のとおり。藤波の《国亡ぶ…》の場合は、それがめぐりめぐって句の読まれ方にまで歪みを及ぼしてしまったことになる。

藤波孝生は二〇〇七年十月二十八日没、享年七十六。

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