日めくり詩歌 俳句(高山れおな)

六番 冬ごもり?

左持

体内時計を嘔き美しや冬籠 関悦史

冬寵る意味は非意味をふところに 高橋龍


左句は、松本たかしの高名の作、〈夢に舞ふ能美しや冬籠〉(『石魂』所収)を踏まえる。作者は不眠症の悩みがある人で、それあって出来た句には違いないが、もちろん不眠症でなくとも私たちの「体内時計」は大なり小なりおかしくなってしまっている。その意味でこれは、現代人の普遍的かつ自嘲的肖像となりおおせた句だろう。

右句の「冬寵る」をよく見てほしい。竹冠ではなくウ冠になっている。ありがちな誤植かとは思ったものの、念のため作者に手紙で問い合わせると意外な答えが返ってきた。寵は籠の誤植だが、校正の際に気づきながら直さなかった。寵は「おごる」と読み、驕り高ぶることだから、冬籠る内向きの気分とは正反対。でありながら、そう読んでも句意は通じる。だから直さなかった。――さて、寵と籠の字形は実際のところはなはだよく似ているから、この誤植に気づかず、「冬ごもる」として読み流してしまう読者は多いだろう。また、気づいた場合でもこれは誤植だと思って、「冬ごもる」に変換して読んでしまう読者も少なくあるまい。しかしまた、印刷されたとおり正確に「冬おごる」と読む読者がいる可能性も捨てきれない。誤植という偶然を、それと知りつつ生かした作者によって、この句の上五は「冬ごもる」と「冬おごる」の間で宙吊りにされてしまったのだ。意味っつったって意味ねえよ、とでも言いたげな中七下五との即応ぶりも、みごとに決まっている。

現代的なあまりに現代的な身体感覚を、プレテキストを使って優美かつ皮肉に形象化してみせた左句。高度な独り遊び、いや独りよがりのうちに、洒脱な痩せ我慢精神を発揮した右句。いずれも譲らず持。

季語 左=冬籠(冬)/右=冬籠もしくは冬(冬)

作者紹介

  • 関悦史(せき・えつし)

一九六九年生まれ。二〇〇二年、「マクデブルクの館」百句で、第一回芝不器男俳句新人賞城戸朱理奨励賞受賞。掲句は、「週刊俳句」二〇一一年二月十三日号より。

  • 高橋龍(たかはし・りゅう)

 一九二九年生まれ。高柳重信に師事。句集に『草上船和讃』『悪對』『後南朝』などがある。掲句は、最新の句集『異論』(二〇一〇年 天主公教会出版部)より。

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