日めくり詩歌 自由詩 渡辺玄英 (2011/1/24)

ハニー・ムーン(声の平等も)  山本かずこ

あなたが
みつめているもの
それが さしあたっての 今日の
あなたの世界となる
かわいい と あなたに言って笑う
私もまた
さしあたっての 今日の
あなたの世界のひとつにすぎない
お昼寝をしたあとも
あなたの世界は 少しも変わっていなかったから
まず
指に
次には
鼻先に
さわりはじめる 世界の
息づかいを
あたたかく
感じる場所にいて
それから 少しずつ
大胆になる 真剣な顔になって
私の胸をさがしはじめる あなたの耳には
だれの声も届かない
あなただけの 世界の終わりまでは
だれの声も
平等のまま
凍結されて年を越す

今日の自由詩         渡辺玄英

黒田三郎の詩集『ひとりの女に』(1954年)の恋愛詩は優れた作品だと思うが、今現在の恋愛のリアリティがあそこにあるかというと、すでに時代が変わっているとしか言いようがない。つまり、ストレートに恋愛が運命のようにおとずれ、私に失うものを与えてくれる、その感覚が今はもう信じられない。恋愛が素晴らしいものという幻想が容易には持てなくなっているし、そう感じている主体への言及をおろそかにするわけにいかないのが現代なのだと思う。

山本かずこの「ハニー・ムーン(声の平等も)」は1991年刊行の詩集『失楽園』収録の作品。こわい恋愛詩だ。このような女性の恐ろしさ、そして寂しさを描かせると、山本かずこは他の追随を許さないところがある。

登場するのは、女性の「私」と恋人らしい男性の「あなた」。この作品での二人は表面的には仲睦まじくしている。しかし、男が見つめている「私」は、「さしあたって 今日の/あなたの世界のひとつにすぎない」というのだ。この醒めた視線。さらに男が女を愛撫するかの描写の後に、「世界の終わりまでは」「あなたの耳には/だれの声も届かない」とまで、女は男を見透かしている。まるで、あなたにとって私は当面の風景にしかすぎないでしょ、というかのように。

そして、さらに恐ろしいのは、「私」はその状況をすべて分かりながら受け入れてしまうことだ。表面的には「かわいい と あなたに言って笑う」かわいい女を演じながら。信じていない恋愛という幻想を、分かっていながら受け入れること。そこに悲しみを感じるべきか、怖さを感じるべきか、その混沌を抱えた女性を感じるべきか。

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