忘れてた米屋がレンズの片隅でつぶれているのを見たという旅
我妻俊樹「案山子!」『風通し その1』
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旅館というものは、何ででしょうか、複雑なつくりをしているものが多くて、たとえば有馬で泊まったある小さな宿では、2階建てで風呂が1階にあるのですが、他の区画とは隔絶しています。そこに行こうと思ったら、一度、2階に上がって、そこから階段を下りなければならず、まるで地下室のよう。地上しかないのに、幻の地階が現出してしまっているのです。
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どのような道のりで辿り着いても、そこが風呂であることは明白なように、歌の中で描かれている対象は明らかです。
普通に風景を眺めている時には、その存在を忘れていたおそらく地味な米屋。カメラのレンズを通してみると米屋、およびその店じまいに気づく。
『風通し』紙面の「連作歌会」で棚木恒寿さんが、非常に簡潔にその読み方をまとめています。
米屋がある。
レンズの中にある。
それがつぶれている。
ここは揺るがない。
けれど主体の立ち位置から「米屋」までのアクセスを考えた時、この歌が何やら構造をしていることに気づきます。
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棚木さんは続けてこのように書いています。ここまでは、オーソドックスな感じでよく分かるのです。が、そのあとに「見たという旅」と、続けることでそれを他者からの伝聞とひねる。それは少し過剰な感じがします。そこについてゆけない。
宇都宮敦さんも同様の意見のようです。この歌だと、なんとか最終句までは辿り着けるんだけど、最後の「旅」が僕にはわからない。
けれど、「忘れた」は「米屋」にかかるのか「旅」にかかるのじゃないだろうかと迷い、それくらい「忘れてた米屋」というフレーズ自体を取るのにもくらくらしてという永井祐さんの評があるように、初句からしてその意味が定かとは言えないのではないでしょうか。
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「忘れてた」とはどういうことか、普通に風景を眺めている時には、その存在を忘れていたという風に棚木さんは解釈していますが、これは「忘れてた」というより「気づかなかった」に近い。「忘れてた」いうからには、その米屋と以前に何かかかわりがあったとか、以前もその米屋の前を通ったことがあったのかとか、ではその旅先の地へは、今回の「旅」以前にも行ったことがあったのか、あるいは「忘れてた」が「旅」にかかると考えて、その旅のことをずっと忘れていて、何かの拍子で思い出したのか、でもそれを思い出した原因はいったい何なのか。その旅がもし伝聞だったら、他者の体験が「忘れてた」って言うほどのものなのか。
「レンズの片隅」というのはカメラを覗き込んでいる時のことでいいのか、伝聞なら写真に偶然映り込んでいたことの比喩なのか、あるいは虫眼鏡でしか見えない小さな米屋が、虫眼鏡の片隅でぐにゃっと米粒みたいに潰れていたのか、とか、読みはいくらでも広げられます。
「見たという旅」に関しても、他者の伝聞とも取れるし、「そのような旅であった」という風に「旅」をパッケージングしての表現かも知れません。
様々な読みが生まれて、消えていく。旅館に幻の地階が現出するように。
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けれど、『風通し』の連作歌会は、迷路を開拓し続けるという方向には進みませんでした。
こういうのはなんなのかって考えると、無意味さへの志向なのかなと思ったりします。(宇都宮敦さん)
一首で言い収められる情報から外へ外へはみ出ようとする意志が、こういう過剰な歌を作らせるのかなあ、と想像しました。(石川美南さん)
作者の見えすぎる目は、「不確かさ」を見なかったことにできないのではないか。(同)
このように俯瞰視することで、迷路の迷路性を無効化しました。
作者の意図というものを導入することで、そのものの意味ではなくそれがそこにある理由を考えることで、メタ的なところで歌を理解してしまった。
迷路の入り口は閉ざされてしまったのです。
もちろん批評というのは収めどころが肝心ですから、こういう風にまとめるしかないのでしょうが、
おそらく、我妻さんの一連について表現の屈折の「過剰さ」をどのように評価するかというところが、もっとも問題のあるところだということは、議論全体で共有できているのですよね。(西之原一貴さん)
「評価」なんてものは実はつまらないんじゃないか、ということは思ったり、思わなかったりします。