日めくり詩歌 自由詩 岡野絵里子 (2012/11/8)

箱   小川三郎

空を丁寧に切り取って 
箱に入れてふたをする。 
家に持って帰って 
ふたをあけて触ってみる。 
 
切り口の 
黒いところが冷たい。 
 
あなたはここが嫌いだった。 
すぐに指を切ってしまうし 
骨まで凍ってしまうと言った。 
だから外に出るのを嫌がって 
それは私も同じだったが 
死んでしまっても仕方がないので 
空を何度も切って帰った。 
 
夜になれば 
帰れる場所があるものだから 
あなたの気持ちも穏やかになる。 
昔のひとの言うとおり 
そこには冷たいことがなくて 
なにもなくても済むところ。 
感じなくても眠れるところ。 
 
月に満ちる価値はなく 
私とあなたに言葉はなく 
朝になると空は溶け落ち 
切り口だけが残されている。 
それをまとめて捨てに行くまで 
あなたは決して 
口を開かず。 
 
あなたを守れるわけじゃない。 
一緒にいてやれるわけじゃない。 
ただ大体同じころに 
死んでやることぐらいしかできない。

「象とY 字路」  思潮社  2012年

 「象とY字路」とは所収の詩「象」と「Y字路」の組み合わせだろうか。象が都会のY字路で道に迷っているようで面白い。

 「箱」には「私」と「あなた」が登場する。私は毎日、空を切り取って家に持ち帰り、夜には二人で空の中に入って憩い、眠る。朝には、空は溶け落ち、切り口だけが残るので、まとめて捨てに行く。その日々を繰り返す。

 「空」でなくて「箱」というタイトルであるのが不思議だ。切り取られて使われるという斬新なモチーフを展開しているのは空で、箱は、その空を運ぶだけの担当である。

 だが小川氏の世界では、住む所や家が人を安住させることを拒否しており、町や季節や時間さえも、人間を居心地悪くさせて苦しめる。親和性に欠けている町を出て行くという選択もあるが、実現しない。ひたすら空の中に憩う。実際には、空は浮遊する不純物を大量に含んでいて、清浄な空間とは限らない。人間は空間を汚す生きものなのだ。空の延長上にある宇宙ですら、廃棄されたデブリが回収されずに浮かんでいる。

 だから、「昔の人の言う」空は「そら」ではなくて、「くう」なのかもしれない。空無の世界なら、確かに安らぎもあるだろう。

 空は黒く冷たい切り口を持つ。このぞっとさせる切り口が、作品が甘やかなファンタジーに陥るのを防ぐ。世界に切込みを入れること、その切り口がブラックで、触れる人の指先を痛めるような否定的性質を持つこと、それは小川氏の詩世界が持つ影ではないだろうか。

 世界を変えることはできない。あなたを守ることもできない。ただ言葉がぱすん、ぱすんと何かを切って屹立していく。切り口が並ぶ。それでもこの作品のタイトルは「切り口」ではない。その切り口に、世界に蓋をする「箱」なのである。

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