日めくり詩歌 自由詩 渡辺玄英(2012/12/17)

真理  天野忠

嚙みしめれば嚙みしめるほど 
この世は美しいものです と 
リーダーに書いてあった 
私は学校から 
いつものようにはだしでかえった 
ひからびた畑で 
ごくつぶしのおじいさんがこっそり 
ひからびた蕪を抜いていた 
――嚙みしめれば嚙みしめるほど 
この世は美しいってほんとかい? 
骨と皮だけのおじいさんは云った 
――そのとおりじゃよ ジャック 
そして歯の無い口をあけて 
蕪をかじった。

詩集『動物園の珍しい動物』(1966)より

社会の片隅の庶民感覚に根ざして、平明な言葉で人生の不条理を見つめるところに、天野忠作品の特徴はある。

 しかし、本作「真理」では、人の不条理を描きながら、さらに敗者あるいは社会からの爪弾き者の内にある〈強靭な反抗心・生命力〉のようなものが表現されている。「ひからびた畑」から「ひからびた蕪」を抜いているのは「骨と皮だけのおじいさん」であるから、ひからびたおじいさんが蕪を盗んでいるのだ。ところが、このひからびたおじいさんが、たいへんにしたたかで、謎めいていて、しかもどこかユーモラスでもある。

「そのとおりじゃよ ジャック」という、この一行に「ジャック」の一言がなかったら、この詩はずいぶん雰囲気が違っていたのではないか。このユーモアと微量の謎が、この人物に正体不明な知性を付与している。次の展開で、歯の無い口で蕪をかじるところで、おじいさんの野性的生命力が強調されるだけに、なおさら知性の提示が効いていくのだ。

 単純な道具立てで(単純な言葉を反復させて)、おそらく少年と老人の一瞬の出会いを短い作品にして、このように深みを表現できるのは本当に見事だと思う。

タグ: None

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress