戦後俳句を読む (16 – 1) ―「鳥」を読む― 稲垣きくのの句 / 土肥あき子

いろ恋に邪魔なふんべつ鳥雲に

昭和39年作、『冬濤』に所収される作品である。

鳥たちがはるか大陸へと帰っていく「鳥雲に入る」は、きくのの気に入りの季語であったと思われ、第一回の感銘句に挙げた

歯でむすぶ指のはうたい鳥雲に   『榧の実』

を始め、

似合はなくなりし薄いろ鳥雲に   『榧の実』
買物籠充たす玉ねぎ鳥雲に   『冬濤』
拍子木にきざむ豆腐や鳥雲に   『冬濤』
銭かぞふ女の指よ鳥雲に   『冬濤』

と、どれも軽い嘆きを伴うように詠んでいる。

冒頭に引いた作品には「いろ恋に邪魔なふんべつ」と、勇ましい言葉を発しながら、はるか雲間に鳥の影が紛れる様子を見ることで、実際には常識に縛られながら生きていかねばならない嘆息が感じられる。また、

ふつつりと絶ちし想ひよ鳥雲に 『冬濤』

昭和41年に作られたこの作品は、30年近くの時間を共にした恋人が亡くなった年である。「ふつつりと絶ちし」とはいっても、決して自ら望んだものではなく、死によって一方的に「絶たれてしまった」関係への想いである。ことにきくのの場合、同居する関わりを持てなかったこともあり、会えるの会えないのという焦燥に人一倍苦しめられてきた。待つことに慣れている身には、もう二度と会えないという実感がなかなか湧かないのではないか。やり場のない憂愁を胸に抱きつつ、空の彼方に消えてゆく鳥たちを遠く眺め、この失意をどこか遠くへ持ち去ってもらいたいという願いが込められているようだ。

こうしてみると、元来感傷の込められている季語ではあるものの、きくのの「鳥雲に」にはことさら現実を逃避したいこころ、また社会のしがらみからの解放を願うこころが描く幻影に見えてくる。

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