戦後俳句を読む( 28-1 )稲垣きくのの句【テーマ:流転】渋谷区千駄ヶ谷・宮廷マンション時代(1)/土肥あき子

この森に籐椅子向けて老ゆるらし

前書「転居、代々木の森に対す」として第三句集『冬濤以後』(1965)に所収される。昭和43年(1968)夏、きくのは前住居をわずか1年で早々に引き払い、新築8階建マンションに転居した。前住所と同じ千駄ヶ谷だが、引越先の「第三宮廷マンション」は明治神宮のしたたる緑を眼前に据えた当時最新のダイニングキッチン、エアコン、エレベーター完備の最新式の住まいであった。いかにもきくのにふさわしく思えるが、同号に並ぶ

茄子漬けて三DKにまだ馴れず

を見ると、あるいはたかだか3部屋の住まいに「宮廷」の文字が踊ることに羞恥を感じたかもしれない。4階とはいえ、きくのにとって初めての高層階での生活であろう。現在では線路沿いにビルが並んでしまったため見通せないが、建築当時はサンルームから明治神宮の大きな森が正面に見えていた。そして、驚くことに、今もきくのが暮らしていたマンションは健在であった。現在築44年。物件のコピーは「幾多の時代を経て、高い管理体制を維持し続ける人気のマンション」とある。原宿駅から8分と場所もよく、ヴィンテージマンションとして評価されていた。ヴィンテージマンションとは、築数十年経っても人気が衰えず、むしろ価値が上がっているマンションをいうらしい。

掲句の初出「春燈」(昭和43年9月号)では、上五は「夕森に」であった。夕闇に紛れる森をサンルームから望み、62歳となったきくのは晩年という言葉を噛み締めていたのだろう。そして翌10月号には

わが流転やむ日かも死の切子吊る

が見られる。切子とは切子灯籠。新盆で亡者が初めての道のりに迷わないよう、白一色の灯籠を吊られる。鑑賞において「死の切子」のあたりが正直分らないが、ここで注目するのは「わが流転やむ日かも」のひとことである。気に入りのマンションを見つけ、ようやくここで腰を落ち着けることができるかもしれない、という安堵は、また自身に言い聞かせるようでもあった。

きくのの考える老いについては、「春燈」に寄せられたきくのの友人秋元松代氏の「稲垣きくのさんによせて」の一部を引く。

彼女は口癖のように、疲れたと云う。それから年寄り振って、もう年だから、と云う。あまり健康体ではないらしいから、疲れたと云うのは仕方がないとしても、年寄りぶるのはきくのさんの唯一のわるい趣味である。(「春燈」昭和38年6月号)

恋愛句についても相変わらず盛んに発表しているきくのの口癖が、「もう年だから」だったことが興味深い。転居前後の悶着の主K氏は、きくのよりかなり若い学芸部の新聞記者であった。年下の恋人を持ったきくのは、同年代の女性よりずっと若く見えようと、あるいはいわば自虐的に年齢を口にしていたのかもしれない。

柊挿す卯の一白は浮気星   (『冬濤以後』所収)
妻と子を愛す牡丹の花よりも 「春燈」昭和42年(1967)8月号

死別した財界人A氏とは、外見も年齢もまったく異なる両者は、どちらも九星占いでいうところの一白水星であった。参考までに一白水星をネット検索してみると「静かで穏やかな雰囲気があり、強情っぱりで独立心旺盛、寂しがり屋、 親愛を求める性格を持ち、人に好かれるタイプ。表面呑気に見えるが実は短気。男性は印象がよく、異性についてだらしのないところがあり、複数の女性と関係を持つ」と、付き合えば苦労しそうな星である。ちなみにきくのの九星は、四緑木星。こちらは「この星に生まれた人は外見は強気のように見えても、内面は柔和であり、お人好しで慈悲に富み、人との協調性もあり、社交家です。困難にあっても、明日は明日の風が吹くという楽観的な考えも長所と言えるでしょう」

折々に起伏はあったものの、おしなべて愛に包まれていたきくのの恋愛遍歴は昭和44年(1969)9月号に昂りを見せる。それは今までの嫉妬とは違った、己をも罰するような激しい怒りである。

夏服に咄嗟にあてし瞋(いか)りの刃
絶たざればこの愛蛇の生ころし
忿怨のちらせし薔薇か夜のくだち
夏の夜のあてし瞋りの刃のひけず

瞋の文字を使う心理は、仏教でいう「貪瞋痴」の「三毒」を意図したものと思われる。貪は執着する心、瞋は怒りの心、痴は愚かな心で、数ある煩悩の中で人間を最も苦しめる「三毒」を背景にすることで、作品は単なる怒りを越えて、人間の振り払いきれない悲しみに到達する。翌月10月号では、

この道をひとと行くゆめ消えし滝

があり、炎は静かに鎮火した。そして、また恋慕の情を断ち切るように昭和45年(1970)5月、第三句集『冬濤以後』を上梓する。

死場所のなき身と思ふ花野きて  『冬濤以後』所収
死はいまも寄添へり花野撩乱たり 『冬濤以後』所収
花野きて霧の奏づる鎮魂歌    『冬濤以後』所収

句集は死を色濃く意識したもので締めくくられる。

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