プランタリアン(抄)   横山黒鍵

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プランタリアン(抄)   横山黒鍵

べにをさすくすりゆびからおちていくかけたるつきのやくそくのわ

糸を絡めて糸を解いて
その繰り返しに百の日と千の星が降りて
糸を絡めて糸を解いて
硬質な、
願いよりも薄い胸を縒るようにして
彼女は寝ている
目を閉じることもなく

そっと抱きしめる
そうしてくちづける
堆積された静かさを
しらない言葉に
産み変えるために

1,000,001回目の恒星が
そっと肢体を染め上げていく

祈りというものは
その行為自体が大切なのであって
捧げるべき対象は大した問題じゃない
なんて、弟は言う
間違いじゃない
そんな弟はバジルの下で
カクカクと首を振り
乞われた彼女は水をやるのだ
濡れるのを気にせずに弟は続ける
口に注ぎ込まれた水のガボガボという音が
彼の新たな言葉となる

「ベランダ」は広い
「庭」からの退去を命じられた時に
それまで慈しんでいた様々な弟たちを
そっくりと移植出来るように
「ベランダ」は広い
そこで弁当をつかう
くんせいしたトマトの缶詰
香りが足りないな
と、バジルをちぎる
うっと弟がうめく

祈るなら、
と続ける
何を祈る
何を祈ろうか。
バジルの葉が揺れる

会話の相手が欲しかった訳ではない
たくさんの弟達は互いを無視するかのように話し続け
結果、この場所はとても賑やかだ

カクカクと首を震わせて
彼女は水をやり続けている
疲れてはいないかい
はい、問題ありません
「ベランダ」は強化ガラスで覆われている
耐圧、耐熱
とても寒い宇宙を隔てて
ここは とても 快適だ
星の光が冷ややかに照らすなかで
繁茂したたくさんの密やかな囁きが
震える葉にふるふるとしずくを落とす
長い間、
きみに名前をつけてあげなかったね
カクカクと首をこちらにむける
あら、お気になさらないでくださいな
なまえ は、
ここではそこまで重要ではありません
から
そうだね
空を見上げる
強化ガラスの上に浮かんでいるのは
月のような星
かわりにあの星に名前をつけよう
行き先を
知らぬふりして
冷たい光
今日も
「ベランダ」はとても静かだ

母たちからの連絡が途絶えたのは
いくつもの星座が通りすぎた後だった
きみの
はい
記憶に棲まう蟲たちの
はい
駆逐をね
しなきゃいけない
はい
はい。
はい。
はい。
カクカク

首ふり
噴霧する薬
香りはどこか
なつかしくもあり
君のいつもの姿が
愛おしい
とか
思ったりして
それはそうですよ
そうなのかな
臍帯の絆の隙間の黒糸に
あなたの香りを縫い止めました
そんなことしたっけ
そんなことしました
わたしにとって
あなたは父であり母であり
兄であり姉であり
弟じゃないんだ
ふと目線を切り替えると
バツが悪そうに
弟は愛を語る 
レタスが揺れる
けれど
きみは抱けないじゃないか
抱けません、か
蟲が耳朶にくっついて
羽音がなんとも煩わしい
ほら。
聞き逃してしまった
それすらも、忘れられる

忘れなければならないものが
多すぎる
例えば
僕の名前

やがて太陽と呼ばれた
美しさの破片が
さらやかに降り注ぎ
僕の名前が
きみの名前と同音であったら
あったら?
カタカタと笑う
なんだい
蚕が糸を吐きました
そうか、良かったね
はい
弟は?
ひとりが紬を囀ります
その歌を
櫛っては闇色の
宇宙の色に同化していく
どうかしてる
そうですか
どうかしてるさ
とても正常です
だから

きみに名前を付けたい

月がとても綺麗だ
たくさんの弟達はとてもかしましいが
その中でも無口な弟もいる
しおしおの水が足りないような
枯れかけたトマトをはやしている
きょうもむっつりと黙りこんだまま
目を閉じている
彼とは一度だけ話をしたことがある
新鮮な空気はけして綺麗ではないこと
清潔な土はけして綺麗ではないこと
懐かしさ、の概念について
とてもむつかしい言葉で語る彼は
最後にふんと鼻息を漏らし
口をへの字にして目を瞑った
それきり
それきり会話をしたことがない
かしましさの弟達の中にあって
彼ひとり沈黙する
時期がくれば
しおしおの葉や茎のまま
信じられないくらい美しいトマトの実を結ぶ
彼女が鎌を振って収穫する時にも
目を瞑ったまま
沈黙している
満月に似た果実の香り
嗅ぐと
沈黙の意味もわかる
気がする
気がするだけだろう

植物と
話ができたら幸せ、なのだろうか
弟達をみると
それもわからなくなる

弟達は
醜い
醜いが
とても効率的だ
彼らの頭には
例外なく植物が植わっている
清潔な土、というものが
失われてずいぶん経った
「庭」の土は
「母」たちの失敗で汚染されてしまったらしい
土から生み出されてくる ものも
みな穢れていて
食糧事情は大変だったそうだ
けれども弟達が生み出されてから
「庭」は土を必要としなくなった
切り捨てられたこの「ベランダ」にも
新鮮な黒土はないから
だから弟達がとても貴重なのだ

弟達が土、の代わりとなって
土に植えるはずのものを
弟達の頭に植える
弟達はそのようにして生きている
植物の根が弟たちの脳に絡みついて
かれらは植物の感情がわかるのだそうだ
そのことは植物の育成にとても都合がいい
手足はとても短く
這いずるように動くのだが
とても効率が悪いので
移動する時は彼女が弟を抱きかかえて運ぶ
 僕は それを見ている
弟達は醜い
そうしてかしましい
植物、それは大体が食べられるものなのだが
収穫が終わると、弟達も死ぬ
彼らは回収され、坩堝に投下され
また新たな弟達として産まれ直す
 僕は それを見ている
今日も弟達が誰とも知らず語りかけている話を聴く
それ以外は、
「ベランダ」はとても静かだ

彼女のメンテナンスをするのは
僕の重要な仕事でもあるが
そこにはほんの一筋の罪悪感がある
心に髪の毛よりも細い傷がついて
彼女を解体しながら僕のその傷もまた
開いていくようだ
痛いかい
痛くはありません
なんの問題もないようだ
ありがとうございます
わたしは正常です
彼女の中には様々な糸が絡みついている
その一本を引っ張ってみる

と声を上げる
痛かったかい
痛くは、ありません
そうか
もう一本
ため息が溢れる
彼女のからだの中の糸を
一本残らずほぐしてしまいたい衝動にかられる
一から彼女を作り変えて
一を百にかえて

痛かったかい
はい、とても
ごめんね
どうして泣いているのですか
わたしは正常です
うん、とても正常
星空の運行がとても正常で
誰にも見られない密やかな愛の行為として
とても清潔で
とても正常な
いとしさの継ぎ目をほどく戯れ言に
束ねる髪の白く細くあり
僕はここで一生を終える

漂着物との接触はめずらしい
僕はだいたいそれを無視してきた
「ベランダ」はとても穏やかだ
ほら弟たちがわらっている
漂着物なんかに用はないのだ
たとえそれが
「庭」のことを伝える
非常用のメッセージカプセルだったとしても

まだ土があったころ
記憶のカプセルを土に埋めて
20年かそこら経った後に
掘り起こす、なんて風習があったらしい
ばからしい
なにをためらっているんだ
開いてみればいい、開きたいのだろう
なにをいっている
そんなことはない
弟はわらう
僕もわらう
僕らは「庭」から切り離された
それは播種といえばきこえがいいが
切り捨てられたともいえるのだ
それでいい
本当にいいんだな
いいんだ
弟はわらう
僕もわらう
弟からセロリを引き抜くと
白目になってだらんと舌をたらす
セロリのかわりに
カプセルをつっこんでやる
彼女は
瞳に硬質な光をたたえ
きっとなにも見ていない
これでいいんだ
いいのです
カタカタと
いいのです
彼女が弟を運んでいく
銀色の髪がとてもうつくしい

気の遠くなるような
年月、僕は弟達の世話をする
彼女を見てきた
僕は何人目の僕であるかは忘れてしまったが
彼女はたしか28人目の彼女だ
かわらず美しい
美しくなるように
僕がつくった
弟達は醜く
彼女は美しい
知っている
知っているものがどこから来たのかは
知らない

月明かりに照らされて
無表情になった彼女が
僕を見上げている
糸を切ってしまったのは
僕だ
また
新たに作ればいい
29人目の彼女を

弟の葉にたくさんの蚕が群がっている
たくさんお食べよ
人の気も知らないで
弟はうめく
ざくざくと
それこそ無数に蚕は葉を食べ散らかされ
いたいのかい
ああいたいよ
でもどうして君はそんな顔をしてるんだい
おれがどんな顔をしてるって
弟はげらげら笑う
とてもここちよさそうだ
とてもここちよさそうだから
背中をむける

とても不思議な音をたてて
弟たちは産まれる
「ベランダ」はとても快適だ
順に産まれてくる弟たちに
種をつけて
水をやる
彼女はとても涼やかな顔をして
カクカクと首を震わせる
かなしいのですか
そんなふうにみえるのかい
かなしそうにみえます
壊れているのですか
笑ってしまう
弟たちが笑っている
弟たちといっしょに
あたらしい僕が送られてくる
祈りというものは
その行為自体が大切なのであって
捧げるべき対象は大した問題じゃない
「ベランダ」はとても快適だ
整えられた温度と湿度
みずみずしく実る果実と野菜
「ベランダ」で収穫された植物たちは
「庭」に送られるはずだった
「庭」と連絡がとれなくなった今でも
「庭」のために弟たちは産まれてくるのだ
そして 僕も
なにか大切なことを忘れてしまった
そうなのですか
僕は君に名前をつけたかったんだ
はい
けれど
ここではそれは
大したものではないですから
 あなたの
 名前も
はっと 彼女の瞳を覗き込む
硬い胸に手をあてて
星が縒られるように流れ
僕の名前を 僕はわすれた

つきはかけるもの
彼女はつぶやく
満ちているものはかけていく
かけているものは
いつか満ちていくのかしら
それは祈りと同じ類のはなしで
カクカクと首を震わせて
弟たちに水をやる
ガボガボと音をたて新しい言葉をはなす
そうなのかもね
カクカクと首を震わせて振り返る
やあ
おかえりなさい
ここはとても快適だね
そうですね
そして君はとても美しい
そうですね
ところで僕は何人目の僕かな
忘れました
そうか
僕は

100,000,002回目の月が
「ベランダ」を静かに錆びさせていく

きみのなのひびきににたるほしさがしただあかぎれてゆくななしゆび

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