飛んだ話   沼谷香澄

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飛んだ話   沼谷香澄

ぺんぎんを持って出掛けるポケットに入らなかったきんぎょとくじら

夢の話だが言葉にすれば現実だ。私は何年か前の金曜日に郵便局であざらしを買わ
なかった。買いたかったのだが台車をもっていなかったのだ。それに、濡れている
し、動くし、台車があったとしても乗せて家まで連れて帰るのは難しかっただろう。
水槽もあったら持ち帰れたかもしれないが、そのときは運悪くあざらしを収容でき
る大きさの水槽を携帯していなかった。家に帰れば当日から餌代もかかるし、家の
猫との関係も気を使ってやらなくてはならない。

はとならば買っただろうか雨降りの郵便局に売っていたのが

しかし郵便局であざらしは売られていた。つまり郵便局を利用する人々の中に、あ
ざらしを買おうかなと思ってそれを実行するひとが、ある程度の規模で存在すると
期待されたことを意味した。そういう現実に生活している私は幸せだと思いながら
私は手ぶらで家に帰った。

ふじつぼはえびの仲間で食べられるわたしの足に生えた物でも

あざらしを家に持ち帰ることはなかった私だが、猫は持ち帰ったことがある。放課
後、校庭や中庭に仲のいい子もそうでない子も集まっているときは、ただ遊んでい
るのではなく、その中心に珍しい何かがあると決まっていて、以前誰が持ち込んだ
かわからない竹馬を中庭(中庭は6年生が育てている菊の鉢があるので、用事があ
るとき以外に入るのは、ましてや遊ぶのは、禁止されていた)で交代で使おうとし
ているのを見つかって全員が大目玉を食らったこともあったが今回は遊具の陰に集
まった子供たちの中心にあったのは小さすぎる仔猫だった。

さみしいという感情は花に降る雪ではなくてわたしのものだ

誘われて見に来てまず私が思ったのは、なんで一匹なんだろう? ということだっ
た。クラスと部活が一緒で仲の良かった子がお寺の子で、お寺が飼っていたミケと
言う名前の三毛猫が仔を産んだのを、庫裏の裏手で見せてもらったことがあったが、
仔猫はうごうごといっぱいいて、それだけ印象に残っていて、猫の仔というのはそ
ういうものだと思っていた。小学生の大きくもない両手に収まるくらい仔猫は小さ
かったのでたぶん生後十週間ていどの本当に小さな頃だったと思う。一匹で地面に
立ち、かわるがわる抱き上げられて、小学生の群れを見上げて仔猫は鳴き止むこと
がなかった。下校時刻が来てほかの子が猫を地面におろして去っていくが、猫をそ
こにひとり残して寒い家へ帰るという選択肢が私にはなかった。

あたたかい家族にとおくあこがれて帰ろうたぶんいまよりはまし

当時、完全室内飼いの猫は、少女漫画の中にしか出てこなかったと思う。野良の散
歩コースにあるお屋敷の窓の向こうで澄ましているペルシャ猫、といった描かれ方
をしていた。連れ帰った猫は家族の全員にかわいがられた。キャットフードという
ものもすでに世の中にあっただろうが、猫には鰹節や煮干しをまぶしたご飯を与え
た。川砂を箱一杯掘ってきて、古い食器洗いかごの外側の容器に入れてトイレとし
た。去勢手術も一般的ではなく、発情期には縫いぐるみの頭をくわえて交尾をした
がる様子が不憫だった。

ふじつぼの鳴き声を聞かせてあげるわたしの足の裏をみてみて

猫は弱虫で、そして私たち家族を全面的に信頼していたようだ。平日の昼、外に出
してやると、時々ほかの猫に追いかけられて全力で家に逃げこみそのまま二階まで
駆け上がったという話を聞いた。2回、交通事故に遭ったが、2回ともけがをした
身体で家に帰ってきた。私の家族が猫を飼うのに反対したのは、家の前が県道で車
の通行量が多かったからだった。

エンジンと車輪があれば空を飛べる両脚が花束であっても

家の前の県道を渡ると山で、少し奥に入ると、使われなくなった小さな火葬場と、
墓地があった。墓地のはずれの藪が親類の所有地だったので、そこに猫の墓が作ら
れた。死に目に会えなかった埋め合わせをするように、毎朝手を合わせに行ったが、
藪へ降りて墓石代わりの大きな河原の石に触りたいとか、ましてや墓を暴いて下に
寝ているはずの猫に会いたいという気は起きなかった。墓参りは、生者と死者の違
いを繰り返し認識して理解するために行うはずだが、猫の死は悔恨として私の心に
沈んだ。

夢に見た郵便局のあざらしの値札のことはあえて忘れた

猫は人間の家族を平等に気遣っていたと思う。夜は人の布団に順番に入って寝て見
せていたようで、家族全員は、猫は自分と一緒に寝ることを選んだと思っていた。
外へ出るので、月に1回は風呂に入れてノミと汚れを洗い流した。それが子供の仕
事で、両腕が傷だらけになったが楽しかった。洗ってドライヤーをかけると猫の白
い毛が真っ白でふわふわになった。猫は世話をした人になつくが、家族は全員、自
分がいちばん猫になつかれていると思っていた。

空を飛ぶ いちご畑をすれすれに柿の木のある崖の下まで

敷き毛布めくった下に猫の爪

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