第9回詩歌トライアスロン鼎立部門選外佳作②

第9回詩歌トライアスロン鼎立部門選外佳作②

自由詩「自転車が盗まれたら自転車が盗まれた話も盗まれる」他 池田 竜男

短歌

柿を踏むほうがこたえる蝉の死が足の裏から届くのが胸
蝶番の仕組みを話す青虫のままぱくぱくと金物店主
祖母よりも蕎麦を立ち食いするものがつく片肘の祖型なつかし
炊き出しに福耳も来る星の座を乱して駈ける塞翁が馬
甲虫にめりこむりんご堕落だよ困り果てたら困り果てたら
年下の虫が敬意を払わない暴力は権力になれない
胴体がなくなるようにからからから絵馬の願いを見る昼の月
土手くんが笑っていつも横線を一本多く書いていたこと
帽子取ったら何があるのと思うからチューイングガムかむのに忙しい
馬の眼が広がっていく王様は裸だと言う子供を乗せて

俳句

吐瀉物に墓石がある手を合わす
介錯の外延として枯蟷螂
なぜ低く縊ったのジャック・マイヨール
火葬場と墓地まで続く胚発生
木洩れ日が焼けたアトムの匂いする
かからない、虹はぼやける合言葉
胡瓜噛み出てくる鼠反抗期
笞振るうケンタウロスの尻さする
ハシビロコウ今が未来に変わる秘儀
縫い物をしながら話す雲になる

自由詩「自転車が盗まれたら自転車が盗まれた話も盗まれる」

かたい柿かじったらジャイアンと肩組んでる気にならない?と話したのが背の低い夫で
引き出しがないほうがテーブル
妻は地べたに並んだ八百屋の笊を取ったその手で柿の皮を剥く。硬貨を投げ入れたのは紐でくくられたほうの笊
歯みがき粉まだ出るでしょと今朝言ったのはほとんどが水の妻で、弁当の四角に詰められたほとんどが水なのは胡瓜
かたい柿を食う夫は今朝歯みがき粉は出なかったんじゃないかという気になってくる
煮卵の入ったおにぎりを食べたのはお父さんの虫垂が切り取られたときだと話す子供が舐めていた牛骨を皿の上に吐く。腹腔鏡が腹の奥に反した白い光がぺたぺたと思い出される。お別れの蛍の光のあとに残る赤と黒
上塗りのように羊羹を呑みくだす
柿をかじっていたのにいつのまにか腹に件を飼うはめになる

自転車を置いてあったところにいたのは二頭の馬だった
水族館で魚たちに正円形に均された眼は自転車がぼやけてよく見えない眼であって自転車と馬を間違えるほうの眼ではない
蝙蝠を黒傘と間違えることはあっても烏を黒傘と間違えることはない。落ち葉のすべてが蝙蝠になっては大変。まして蝙蝠はまだ飛ばない時間
自転車ではなかった二頭の馬は馬の夫婦だった。手のひらを二頭の鬣に置いて分かったこと。白濁した右眼と黒い左眼が見つめ合うほうの夫婦。体の中でからんと鳴るものがある。まんじゅうの皮だけになった気がした
High!になったのかもしれない。体に石を持つものからはHigh!が出てくるのかもしれない。High!はかもしれないと言うものが着る着ぐるみにぶつかって出られないのかもしれない。まんじゅうの皮のまま家に帰ったら自転車はちゃんとなかった。High!になったのは別の誰かだった

自転車が盗まれたことを伝えたら妻も子供たちも各々の自転車が盗まれた話を話しだす。ほっぺたに納豆の細い糸がついている
返ってこなかった三台の自転車をどれも思い出せない。パンクしたタイヤの穴をふさいだ手の油は覚えているのに。自転車があったところに何があったかを尋ねたくてもその自転車を思い出せない
そうならないようにノートに好きな人の名前を書いていると子供が話す。好きな人のまゆ毛一本一本を丁寧に。一本のまゆ毛というのは語義矛盾になるけれどと言う子供のまゆ毛が砂鉄のように動いた。電動の髭剃りを開きたくなる
思い出せないのが昨日まで乗っていた自転車なのか馬の眼なのかもう分からない。口笛と白眼はトレードオフじゃない。右眼と左眼が広がっていく荒野を進むのは口笛を吹くほうの口
思い出すものはかならずしゃべるんだから名前も毛もノートに書く意味なんてないと母親は言う。だからお母さんは風呂桶を四角に変えたんだと話したのは年長のほうの子供。四角い風呂桶で体を洗うやつを洗うと手の第二関節があたる。会ったこともないのに夢によく出てくる四人組の女はずっと無言だよと話す夫も子供も丸い風呂桶がなつかしい
何も覚えていないだけよと妻は言う。大嫌いよ蜜蜂の八の字ダンスは

これがおしゃべりがやまない食卓には野良犬の意志が徘徊すると言われる由縁だ

翌朝自転車が置いてあった場所に来てみるとそこに自転車はなく馬の夫婦もいない。自転車集積場に確認の電話をかけながら歩いていると床屋の前に(土手川鳩三郎の)自転車が置いてある。見分けやすい黒子がついているわけでもないのに自転車と世界が同時に隆起するのはこれが昨日盗まれた(土手川鳩三郎の)自転車だから
一応床屋の店主と客に前の自転車はそちら様のものでしょうかと聞いてみると一声も出さず疑わしそうにこちらを見る客のほうの顔には黒子がひとつもない。雑草のように毟っても毟っても根から生えてくるのが黒子。店主は襟足の長い毛を握りしめてこちらを見もしない。客が握っているほうが肘掛け
自転車の鍵を回すとたしかに回る。客には口髭と顎髭の他にもうひとつ髭があった気がしたが握ったハンドルと同じでどこか心許ない
床屋が燃え落ちる匂いがして二階を見上げると床屋の名前がよもぎだ理容店。かくれんぼしている未来をあきらめずに探す今に名前はない
生殖を風や虫が助けるようになったから樹木が動かなくなったというのはおかしい。樹はただ動くのをやめてそのように自転車も動くのをやめたのかもしれない

短歌「マカロン採集」俳句「君(ブッ)の(クシュ)棚(ルフ)」自由詩「身につけるのをやめた」 ユウ アイト

短歌「マカロン採集」

どの色を最初に選ぶか息をのみUFOにさえ気づかない僕
共有した君のプレイリストには流れる水の音源ばかり
僕と観た映画も聴いた音楽も否定してきたアーティストだった
モナ・リザの真似をしたって無駄だって含みすぎて怖いくらいだ
お洒落してスマホのギガは大丈夫。さあ、いざ行かんマカロン採集
ミッキーとミニーの息がピッタリで駄々をこねる君の手を引く
風色のお気に入りのコートから少しずつタンポポが宇宙へ
ドライヤーあの日壊れたままだった思い出して赤らんでいる
センス良い君が残した「スロット1」女勇者の名前はアーヤ
冷めきった街がパリッと割れて漏れ溢れる灯りをひと口で喰む

俳句「君(ブッ)の(クシュ)棚(ルフ)」

装丁がパウル・クレーのような五月
積読の山を崩すは猫の妻
白雨が不安げに傾げ古本屋
恋の頃様変わりする君(ブッ)の(クシュ)棚(ルフ)
天の川賢治のように読み聞かせ
ソネットや染み入る孤独な秋空へ
霧雨で濡れる窓見て終章
世焚火のリズムに合わぬ文語体
時(とき)偶(たま)に鯨みたいに潜る君
ぽとふんと世界を一旦閉じる暮れ

自由詩「身につけるのをやめた」

肌に合わなくなったから
身につけるのをやめた

頼るものの
何も存在しない
身体ひとつで
だうだうとふる雨の拍子を
ていねいに採譜して
世界の
循環に関する
純粋でいとおしい
分針との折り合いをつける

追えなくなったのか
追わなくなったのか
あなたが残した
手首にできた白い名残の
堆積した温度差に耳をあてて
ひるがえす波に
一刻
心をさらわれたりはする
置いて行かれたんだ
と思うたびに復刻される感覚

共振していたこと

一番小さな細胞ひとつひとつ
そうやって次第に
わたしが駆動していった

あなたは原子の振動
全ての基準を刻んでいたなんて
なんて残酷だ

(見えるはずもない
 光のなかを浮遊する顔が
 地面に伏せていく時間感覚を
 繰り返す切実さのなかで
 身体に刻ませたまま
生きること

わたしは
身につけるのをやめた

まず
雨の拍子を聴いたんだ
棚の本を入れ替えて
いつもの味付けを変えてみた
知らない街で新しい映画も観た
服の趣味を変えてみると
どうにも
肌に合わなくなっていった

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