Letter  転換子と遂行発話    中家 菜津子

Letter  転換子と遂行発話
中家 菜津子

あなたが雪の日に吐いた息を吸って
文鳥ほどの大きさに膨らんだ蕾のことを話そうか
それとも鉱石だった鋏を開けばその軌跡が光ったことで
海峡で鰯の群れが乱反射するまでにかかる時間について
目に見えるもの全てを描こうとして時から遅れるしかなかった
時計としてあなたのことを話すつもり

けれどそれらのことはいつもあなたが眠っている間に起こって
今語っているのは外から来た声か内なるものなのかもわからない
季節のように滑らかな記憶の連続した場なのか
雷鳴や吹雪をコラージュした破片が散乱している様態なのか
意識の浅瀬は生命の複雑さに比べてあまりに浅はかで
あなたはそれを自慰するように惑星の影で愛おしむ
思惟の岸辺で 意志のほとりで

石化した太古の甲羅の頑なさを懐柔するのでも
砂漠の種子の運任せの奔放さに拒絶されるのでも構わない
ただ、あなたに波紋が広がるのを望んでいて
山が稜線を変えるほどの時間を眺められたら

原初かモダンかで揉めている芸術家たちの金切り声の
炸裂音を風に混ぜて マラルメの洞窟/間(アントル)
という同音異義語に教えてくれたね
巻き込まれて開いたあなたの傷口を
行ったり来たりする小舟の塗装は剥がれて堆積していく
信じたもののもっと先にある遥かさに
あなたを待ってる 破いて破かれて芽吹いて
山の稜線の変わるのも
銀河の渦が消えるのも

*
ジブラルタルに橋が掛かるという記事は夢だとわかるその明るさで
菜の花とミモザの色の隔たりを指さしながら君に教わる
モノクロの写真展から木蓮の並木へ歩く音を忘れて
半濁のひかりは火傷の味がするクラッカーの塩の粒々
草臥れた毛布の持った柔らかさわたしたちってふたりを呼ぶとき
Pons-Brooks
彗星の近づく宙(そら)の下層には彼岸の雪を知らせるあなた
マルメロの瓶まで届く春分の夕日の長い束のひとつは
*

転換子とは、「わたし」や「あなた」といった言葉で、そこでは「わたし」の指示対象(すなわち、「わたし」と口に出した人物)は会話するふたりの間で行ったり来たりする。遂行発話は、口に出すことによって、文字通りその意味を果たす、言語による発話であり、たとえば結婚の誓いの時に言う「誓います」などがそれにあたる。彼らが主張したのは、言語は単なるメッセージの送信や情報の伝達のためのものではなく、さらに対話者を返事しなければならい立場に置くということだった。それゆえ、言語は、言語行為の受け手に対して、ひとつの役割、ひとつの態度、ひとつの言語体系全体(コード化と解読の諸規則と同様、行動と権力の諸規範)を課すのである。
引用 『ART since 1900 図鑑1900年以後の芸術』(東京書籍)ポスト構造主義と脱構築P42

タグ: ,

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress