第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞連載第2回 エアへ── 引用感覚に基づくパルティータ ユウ アイト

第10回詩歌トライアスロン三詩型融合部門受賞連載第2回
エアへ── 引用感覚に基づくパルティータ
ユウ アイト

弦楽が手を差し伸べるまで耳は
遠い現世で傷ついている

環礁は、英語で
atollと書き
無調、という意味の英単語は
atonalと書きます
(私たちには何だか似たように聴こえます)
これから演奏される曲は
『環礁(atoll)』というタイトルで無調音楽となっております
エア、あなたはわざわざそう書いたのでした

唇と唇がつくる地平線に         構えているのは風
 てのひらの熱いことばに         (だから見えないのです)
からだとからだの噴火口に
ひとは埋める              歌もそうですか
いのちと死がだきあっている       (決して書き記してはいけません)
魂のシャム双生児を

フリューゲル                  (オーケストラ)
入りを間違えたかのような      同時に私たちの 石庭 は
フレア               しんとしている
秋の薄いオリオン

十月の澄んだ空気に           その心に註釈はありますか
 いのちの流れは死の湖の         (開演は決まって人の眠りの淵です)
 なめらかな皮膚となり
 人間はひとりひとり           音はひとつの接続にすぎない
鏡を心臓にもった            (沈黙も同じです)
 夜になる

太陽                  今から酷いことを言います
 空にはりつけられた           (みんな記譜法はよく覚えている)
 球根
──

(オーケストラ)
石庭 はしんとしている
色葉散り
(同時に私たちの)
   環礁のように空いた耳

エア、私たちは考えています
この音を取り巻いている世界のことを
(世界を問いている音のことを)
本当の
mixtureのことを
ただ重ね合っているだけなのかもしれません
人も建築も
言葉も
あなたがやさしくルビを振るように

跡絶えない翅の     幼い蛾は
星型の箱庭では  決して発話しない庭師が

  夜の巨大な瓶の重さに堪えている
渡り損ねた鳥たちを古い土へと従属させている

かりそめの    白い胸像は雪の記憶に凍えている
diminished  成熟した手首はまだ不透明な距離に怯えている

風たちは痩せた小枝にとまって             貧しい光りに慣れている
私たちは嘴をあまり動かさない話し方で  淀んだ空気を懐かしんでいる

すべて
唯一あった休符は

ことりともしない丘の上の球形の鏡
語りえない文体で彼方からどこか整然と呼びかけてくる

この曲は何だか難しいかたちをしている
これが現実の切り口なのですね
構造の中に構造がある
初出は分からない方がいいとされています
純化されたものほど傷つけやすいと言われます
私たちの耳は等しく弱いということを
(故に、あらゆる標題の由来を知りません)
最後の『うたうだけ』で
エア、あなたは明らかにしようと企んだのですね

むずかしいことばは

いらないの
かなしいときには
うたうだけ
──

Repeatは自傷 冬のゆびさき

(folk song)
   風船や遠い時代の 花ことば

(インターバル)
約束の凪 声に嘘がないように

エア、今日はお誘いありがとう
私たちは再び生活の中で聴いています
例えばこの夜の街が、人が
個々に重ねたアポリアを
いずれは瓦解する、混声に紛れて叫ぶものを
(混声そのものを)
本当の
mixtureを捉えようとしています

『音楽というものの根本を考えれば、それはある意味では、
未分化の挙動というか、生の挙動そのものだともいえましょう。』

あなたの残した言葉ですね
ここの「音楽」を「詩」に替えて生きていくものもいると聞きます
(楽譜を「読む」と言ったりもしますね)

嗚呼、
ラジオのパーソナリティのくぐもった
柔和な語法に重なって
生活が罵声を吐き続けている

※参照・引用は順に
「ソプラノとオーケストラのための『環礁』」作詞 大岡信、作曲 武満徹(一九六二)
「遮られない休息」滝口修造『妖精の距離』(一九三七)所収
「うたうだけ」作詞 谷川俊太郎、作曲 武満徹(一九五八)
『音楽を呼びさますもの』武満徹、新潮社(一九八五)
なおこの詩篇の中で書かれているこれら著作物に対する印象、内容等は
著者の個人的な考えに基づくものであり、実際の内容、事実とは一切関係がありません。

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