第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門候補作

第10回詩歌トライアスロン三詩型鼎立部門候補作

短歌「空の模様」俳句「音」自由詩「殺風景」
小橋 稜太

短歌「空の模様」

夜ならば夜雨と言ってはぐらかす、その声、と指差されてしまう
渋滞のバスはじわじわ近づいてもうじき傘を畳みそうな目
切実になりたくて煮る春キャベツ、崩す、遠景のように菜箸で
君撫でる手つきひとえに昼の月あわく残っている冬の道
地図を見てなおもさまよう街のなか孤独とかいう突き当たり右
霧雨に緩く濡れつつ例えばと切り出すたびに散る白木蓮
冬晴れの疑う余地のなき青はどう描いても自画像だった
火とはただ軽率に火だ 核心に触れれば果てるもののありふれ
私は追う、通り雨さえ追ういつか造語の冴えていた夏の道
絡まったままに眠りぬあやとりのような対話に指は痺れて

俳句「音」

霜柱崩し寝息がまだ混じる
漬け菜食う唇という劈開面
山眠り電子ピアノをつけず弾く
不思議には満たざる春の七草や
花札の厚みにも濃き初日かな
キーホルダー二つ鳴り合い暮れ遅し
寒月の出でて醤油に浮く油
初蝶や冷たき影の横切れり
春の夢泡立つそぶりのみで終ふ
バスを待つ誰の地下にも水わさび

自由詩「殺風景」

希釈した夜を飲み干す
ふたたび手を洗い
砂を落としてゆく傍ら
魚の鰭のように裏返された
ポケットの影が濡れている
部屋に裸足で上がり込まれ
恣意的にほつれた表情が
件の、と喋り出す
懐柔へ
手から滴をぱっぱと飛ばす
反復する部活動の走り幅跳び。
着地に次ぐ着地、それで一生分の。
練習の前には水も撒き。
かつての、景色。
恐ろしいほど平叙するが
それすらも聴取とされる
参考までに。
何もかも鋭さだった、昔日の
画布を逃れた雀が囀り
収納の下手は取り出す時になって現れ
肌がまた砂をふく
そちらはそういう体だが
こちらはそういう体だ
生乾きの風見鶏が
今が向かう今以外から
逸らされてゆく
ほつれをつまみ
掲げた針の一本にさえ
相次ぐ光
即座にフードを被り直し
聞き取れない
あるいは何か
未明は靴を取りに戻って
それっきり


短歌「NFT」俳句「ゴドーを待ちながら」
自由詩「ゲノム」 
仲原 佳

短歌「NFT」

流れゆく[19-45]ナンバーが[19-44]秒読みのよう
ズル休みしている私∉きらきらと午後の光が照らす教室
虚数個のドーナツを買いイマジナリーフレンドと分け合った春の日
ヘンペルのカラスを見たね世の中の好きなものだけ部屋に集める
「この文は真ではない」あっ黒やぎさんが読まずに食べちゃうから有耶無耶に
色覚を調べる紙のようである夢で素数を口にしていた
ひまわりの(写真ではなく絵日記で)言葉未満の花の明るさ
ランダムに割り当てられる運命に羯帝羯帝鳴く素数ゼミ
3Dプリンターにて作られたキリスト像にキスする少女
ひらがなをさらにひらいたきみの名をヒエログリフの森へと逃す

俳句 ゴドーを待ちながら

一行に収まる生やつくしんぼ
春キャベツ君の方から切り出して
るりはこべウィリアム・モリスの午後
独裁者娼婦マルクスこどもの日
ミサイルは梅雨前線飛び越えて
非暴力・不服従雨の紅侘助
ニーチェ忌や眼鏡屋でゴドーを待ちながら
向日葵や0か1では寂しくて
白桃の産毛やジョニーは戦場へ
パンドラの箱のトークン冬じまい

自由詩「ゲノム」

病院の廊下を歩いている
歩いている歩いている歩いている
歩く歩く歩く進む進む進む
進行
停止
進行
停止
盲目的散乱
信仰
不誠実なエントロピー
信号
止まれ止まれ止まれ
林檎と夕焼けと琥珀と血とサルビアと鳥居と七面鳥とポストと鯉と金魚と鬼灯と月蝕と
決起蜂起奮起励起再起躍起隆起勃起
止まれ止まれ止まれ止まれ
止まらない

病院に入る人の数と
出ていく人の数が
必ずしも同一ではないこと
再び原発の事故が起きる確率と
あなたが生まれてくる確率
どちらが大きいか
無限回の試行ののちに生じる
光の写像
のようなもの
花だったかもしない
手に取れば分かることだった
所謂知識の話だ
理解ではない
遠い

ところで証明するまでもなく
病室は無限に存在して
無限の初音ミクが歌っている
部屋番号の
2の次は3で
3の次は5だ
57はあっただろうか
1729は?
8128は?
どうでもいい
世界は0と1だけ描写されて
無限に存在する病室も
いつかは埋まり
いつかは誰もいなくなる
初めから何もなかったように

「眠っているうちにたどり着きますよ」

そう言った男が胎児のホルマリン漬けの瓶の並んだ高さ五メートルほどのガラスの戸棚をひっくり返すとそこには地下へと大腸のような長い階段がありそれを降りてたどり着いた先は空木岳の避難小屋くらいの大きさの駐車場で(そういえば空木岳の避難小屋は幽霊が出ることで有名だが一度泊まった時は遭遇しなかったというよりも今まで幽霊を見たことは一度もない)そこに止まっていたのは黒のセダンのナンバーは「品川66 わ 46―49」でうわっレンタカーで自分の身体の中に行くのかっていうか霊柩車ってナンバーあったけな最近見ないけど死ぬ前に最後に乗るなら俺はフェラーリがいいなベタだけど夕日のように真っ赤なポルシェでもそういや霊柩車を見たら親指を隠さないと指の隙間から魂が入ってきてしまうという迷信があって迷信と言えば紫のかがみ――

眠る
  眠る
    眠る

下る
          下る
            下る

T   G   A   T   G   A   T   G   A   T   G   
 T G G T G G T G G T G G T G G T G G T G G T
  A   T   G   A   T   G   A   T   G   A   T

墜る
                  墜る
                    墜る

警告
                         警告
      警告

――それは、必ず起きる


短歌「風船」俳句「流星」自由詩「白虹」
遠音

短歌「風船」

握っても握り返さぬあたたかい左手欠けたうさぎの片耳
とりとめもない会話をみな継ぐばかり生命の緒の擦り切れ、てい
その痛みを僕は知らない僕は僕の引き攣れを正せぬまま踊る
風船は飛んでゆきたい僕たちはずっと引っ張り過去を語らう
肉声からまた肉声で伝えきた知らせ眠ったまま放たれた朝
風船の紐は解かれて鉤月が光り始める淡いゆうぐれ
メタバースの花火はずっと途切れない地震も病もない大沃野
とことこと歩むそばからぽこぽこと花を咲かせる仔を眺めてる
折り鶴を降らせて石の地下堂は光も螺旋をなぞり始める
弾きながら消える音色は桜より雪より淡くまばゆい白虹

俳句「流星」

積み切ったケルンの裏に骨を撒く
天上へ降りる矢印霧の海
八月の水平線に辿り着けない
戦争を知らない世代むつ跳んだ
三月の波間に浮かぶ運動靴
干柿が黴び始めたら引っ越そう
インバネスの裾も呑み込み灯らない
警報のかすかな真夜を梅ふふむ
独り占めできぬくちびる花篝
春の闇スターマリオが駆け抜ける

自由詩「白虹」

すん、と白い腕が突き出てくる

カーテンは朝のまばゆい闇を孕んで
たゆたゆと寄せては返し

波間からくい、と白い腕が手招きしてくる

影のない腕は、能弁だ
ボレロはいつも、鶴のすがたの指から始まる

上昇の螺旋は、深海魚の昏さが起点なのだと知る
たゆたゆとこぼれだす、あふれだす、

ゆるやかなうねりの腕は、
醒まさせ、
吸いよせて、
白い野原はいさなの腹のようにふくれあがり

悦びが、胸のいちばん深く硬い処を
ゆるがせて、えらがひらいてしまう

僕は思わず、胸に手を当てて礼を返す

むなうちが、ぬけおちる

せすじの寒さに、がばりと身を起こすと
白い指先がいま、波間にすいこまれてゆき

みえなく、なった

葉ずれが、わきかえる
さえずりが絶え間なくはじけ、とがり、

カーテンは部屋のうすくらがりを抱いて
ほんのわずか、身じろいだようだった

自然とさぐり始める目線を、剥ぎ取り、
上体を 銅像を無理やりねじり、
戻らない 心を抱いて
あきらめて 落として

ドアノブに 手をかける

また白波が、砂地を浚う
床が少し、くぼんだようだ

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