パリ、白い夏 ――パウル・ツェランに 石田 瑞穂
河面に
落下する石の無意識は意識のない無意識だとすれば
一輪の白薔薇はどうなるのか
しゃべらない
鉱物のみる夢と 植物のみる夢
そのちがいはどこにあるのか
セーヌ河畔をさまよった夏は
ずっとベルグソンを読んでいた
夕方になると
おだやかなワインの時間と
貝とアスパラガスのバター煮をもとめて
いつもかすかに安葉巻と
ケチャップの匂いの漂う
路地裏のカフェへと
帰っていった
でも そこでまた
石と薔薇の落下夢に
夢想の千鳥足を踏みはずしそうになって
でも こんどはここちよい酔いと
ヌードのままチェロを奏でる女学生の尖った
乳首をふるわせて消えた鳥の幻鳴も微かにまざって
でも どうすれば
すでに目覚めている者の
目を覚ますことができるのだろう
(連作詩「耳の笹舟」より)