これは「詩」ではない   井谷泰彦

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これは「詩」ではない   井谷泰彦

ホワイトボードに黒の油性マーカーで
「ふ」と記してみる
「ふ」の字の下部の柔らかなふくらみを感じる
ホワイトボードに黒の油性マーカーで
「ふ、ふ、ふ、ふちゅう、ちゅう、ちゅう」と続ける
「ふ」の字も「、」も「ちゅう」も滑らかで心地よい
黒板に白墨で書いても
ボールペンでノートに書いても
この柔らかさと、どんどん文字を連ねたくなる衝動は出ない
ましてやパソコンのワープロソフトを使ったりすれば文字へ向かう衝動は消える
ホワイトボードに黒の油性マーカーで
「ふ、ふ、ふちゅう。ちゅう、ちゅう、ちゃうちゃう
 ふふふふふ、ふちゅうちゃうちゃう、ちちちちち
 ふるふる、ふる、ふる、ふふふふふ」
何も考えずに、どこまでも続けて文字を連ねたくなる
これは「詩」みたいだ、と思うが
「詩」ではないことは、これをパソコンで書き直したときのことを想像すればすぐわかる
「詩」にはなりえない
「書」にもなりえない
ただ、平仮名を記すときに感じる曲線の心地よさ
その初源的な衝動みたいなものを
「自然発生的」と漢字で感じる

詩を書こうとしても主題主義への傾斜はいかんともしがたく
本棚から取り出した本やWikipediaに載っている言葉をいじくっていれば
とりあえず「詩」らしきものはできるが
しかし、その空疎さに打ちのめされて
私はどんどん「詩」からは遠ざかる
ひとの「詩」のなかに内在する論理や意味を忌まわしいとおもうこともある

ホワイトボードに黒の油性マーカーで
「ほっ、ほっ、ほっ、ほら、ほら、ほらん、ほらんかな」
「は」行がどこまでも柔和だ
ホワイトボードに黒の油性マーカーで
「とっ、とっ、とっつぁん、たてたて、ちちち」
「た」行は闊達であわてもの
「かけかけ、ききき、かくかく、けけけ」
「か」行で思い出す幾何学の授業

黒の油性マーカーを青のマーカーに変えて
「もしもし もしもし」と呼んでみる
「ことだまか もじたまだ
 もじ、もじ、もじもじ、もじたまだ」
「も」も「し」も曲線が官能的だ
続けたくなる
好きだよ
勤務先での研修室点検巡回中
誰に見られることもない短い時間の一瞬の遊び
これは「詩」ではない
これは「書」でもない

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