時の沈黙    法橋太郎

自由詩2019年10月18日

時の沈黙    法橋太郎

朝とおぼしき光のなかで無用になった白銀の
時計が碧い湖に捨てられた。時計は水中をゆ
っくりと躍るようにして水の底に落ちていっ
た。湖底に落ちついてそれはわずかな泥けぶ
りをあげた。

ひとびとは咳をしたあと他者について灰色の
小言に悪意をほのめかせた。勝者に媚び敗者
をいたぶるひとびとの悪癖は尽きることがな
かった。

他者への見えない黒い憎しみを胸にひそめて
ひとびとは何食わぬ顔で出かける支度をする。
時間に急ぐひとびとは冷えたスープを錆びた
鉄の匙でしずかにすくいあげては口に運ぶし
かなかった。狂った馬のあげる青ざめた悲鳴
が窓の遠くから聞こえた。

スープのなかには蜆の殻が二三個残ったまま
洗われることなくその皿は白いテーブルクロ
スの上に残されていた。今度の無益な戦いで
戦い自体が終わろうとしていた。勝利も敗北
もなく地は噎びまばゆい蒼穹は冥く閉じられ
た。

おれたちが生き方を誤ったのかそれともおれ
たちの必然がそうさせたのか。誰もが無言の
まま、湖底に沈んだ時計の歯車だけが泥土に
まみれて廻りつづけた。

タグ:

      

Leave a Reply



© 2009 詩客 SHIKAKU – 詩歌梁山泊 ~ 三詩型交流企画 公式サイト. All Rights Reserved.

This blog is powered by Wordpress