満ち欠け    佐峰 存

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満ち欠け    佐峰 存

終電間際の交差点で信号を待っていると、閉店した量販店の出入口の
上に掲げられたモニターに膨張した顔。青白い構内からは発車のメロ
ディ、眩さを背に影となった男の輪郭がよろめきながら異物で充満す
る外界に出て、循環を続ける女優の直下の地面に既製服のままで腰か
けた。光合成をしている。私の縁に入った眼は体育座りの個体と半ば
ペンキの剝がれた横断歩道の大陸棚の模様を行き来しながら、機器の
おぶさる脊髄を覚えている。アスファルトには宝石が組み込まれ施工
された天頂の画面に応じ代わるがわる色を弾いていく。合金の霊柩車
が遮っていった、今日は数が多い。月が欠けているからだろうか。

昨晩の月は薔薇だった。携帯に焼き付けてから、ひんやりとした穴倉
で糧を調達した。一日の靴底に磨かれた床の斑点に照明が重なってい
る、ちょうど恒星が誕生するところ。衛星のように乱射される栄養ド
リンク、埃が棲息する金箔の傍らで消毒液は売り切れていた。週刊誌
の顔ぶれが刷新されていて荘厳だ、露わな口元の花弁が各々腫れてい
て小さな骨が濡れている。冷えた棚から汗ばむ葡萄を、常温の畑から
は皺くちゃに包装されたパンを摘んだ。打刻されていく生煮えの街路
と昇降機を潜りようやく部屋に辿り着く、携帯を点灯すると鮮やかな
瘡蓋。炎が突き破った窓、報道では拘束されたらしい、何百年もの待
機のあげくに今も燃えていて。

駅に踏み込んだ瞬間、厩舎のにおいがした。月面も同じ香りがするよ、
と緻密な改札の作動音が鼓膜に散った。引き返し、増築中の祠を抜け
て目鼻のない精算機と対面する。ふと見ると未だに男は座り込んでい
る。その肩からは新しい腕が発芽していた。

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